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婚外子相続規定 最高裁違憲判断 [法律案内]

 9月4日、ついに、婚外子の遺産相続分を嫡出子の半分とする民法の規定が「憲法違反」だという最高裁の決定が出ました。

 大学時代民法を勉強したときから、これはいかにも「古くさい」規定だな、これでいいんかいな?とは思っていましたが、10数年後に「違憲」となると予想はできませんでした。

 神戸新聞に載っていた裁判所の決定要旨によると、1947年から現在に至るまでに、「家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきた」という「認識の変化」があって、それに伴い

「父母が婚姻関係になかったという、子自らが選択や修正する余地のない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されず、子を個人として尊重し、その権利を保障すべきである、という考えが確立されてきている」

ということなどを総合して、「憲法違反」だという決定になったそうです。

 
 色んなケースがあるのですが、例えば、結婚している男性が他の女性との間で子をつくる、ということになれば、大きなトラブルになります。
 大抵は、その後、本人はもちろん、色んな人が後々相当な苦労をすることになります。感情面ももちろん、それだけでなく、経済的な苦労を背負い込むケースも珍しくありません。
 そういうことを原因とするトラブルの事例について私は日頃扱いますし、それが元で、その後長い年月色んなトラブルが起こり続けるという例もあります。ほんと、大変です。「頼むからやめて欲しかった」そういう例が多々あります。
 ですから、政策的に「そのようなことが起こりにくい」制度にするという発想自体はありえるのです。多くの人の幸せのために、「婚姻制度を尊重する」ために。
 しかし、そうかと言って、世の中の「婚姻制度を尊重する」態度を高めるために、

「産まれてきたあなたには何の罪もないのだけれど、すみませんが、『婚姻制度の尊重』とそれを守って暮らしている善良な人々のために、あなたには不利益を受けてもらわなければ仕方ありません。」

ということを、「選択の余地」もなかった産まれてきた子に背負わせるのは、「個人の尊重」からは今や許されない、というのが、今回最高裁の決定だといえます。

 日本国憲法13条は「個人の尊重」を、一番大切なこととして謳っています。
 一番大切なのですが、抽象的過ぎて、どこで、どのような場面で、その「個人の尊重」が出てくるのか?という風にも思われるのです。私も日頃はそう思ってもいました。
 が、この最高裁決定では、それが出てきました。

 
 一方で、不倫で外に子を作られてしまった、という立場の側からすれば、「たまったものではない」という感情もあるとは思います。
 ですが、これは、「その事態を招いた人」に責任を取ってもらうしかない。
 「その事態を招いた人」というのは、(他に選択の余地もあったのに、やめておくこともできたのに)不倫で外に子を作った人であって、もちろん、産まれてきた子ではない、ということです。

 
 人権感覚も前進している世の中で、何の理由も無しにただの「気まぐれ」みたいなもので「個人の尊重」をないがしろにすることはまずありません。
 
 ですから逆に、現代、「個人の尊重」が問題になるのは、ある種の無視できない「ジレンマ」がある場合なのです。
 上で言う、「たまったものではない」感情だって、自然の情で、無視して切り捨てることは出来ません。
 「たまったものではない」感情はあり得るでしょう、でしょうが、責任を負うべき人が誰か、を考え、産まれてきた「個人」の立場だったらどうか、を考え、どうあるべきかを考えましょう、というしかないのですね。

 「個人の尊重」、このことを、人権保障についての「個人主義」と言うこともあります。
 ですが、この例で見てもよく分かるでしょうが、

「個人主義」と「利己主義」は全くの別物(むしろ、相容れない)

です。これを混同する人もいるのですが、大切なことです。

 戦後、憲法が「個人」の尊重をいうようになりましたが、この「個人」の「尊重」の意味は、「家」とか「集団」の犠牲にならない、という意味です。
 「自分勝手」という意味ではありません。だって、自分以外の人も「個人」として尊重されなければならないのですから。

 それにしても、「個人の尊重」の実現や深まり、というのは、一歩ずつ、というものだな、と思いました。

                                           村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所
 

 

 


 
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コメント 9

心如

日本という国家があるから、日本人の人権は守られます。国家が滅亡し、国籍を失えば難民となります。難民にも人権はあると思いますが、日本人として暮らすよりもかなり不便な生活になるのではないかと。
個人の権利をのんびりと云々できるのも、安定した国の国民として生きているからではないのでしょうか。個人の権利は社会秩序の下に保証されていると私は思いますが…
by 心如 (2013-09-06 04:08) 

hm

>心如さん ナイスコメントありがとうございます。
 全くその通りだと思います。
 国家の存在は重要です。
 そして、それは個人の権利を保障するために存在意義があるのだと思います。
 


by hm (2013-09-06 09:50) 

shira

 この件については産経新聞の社説が面白かったです。法律婚の意義を否定する物では無いとか、妙に保守的価値観を主張していて。
by shira (2013-09-06 21:37) 

まい

ごぶさたしています。この判決については嫡出子と非嫡出子が直接のテーマだと思いますが、それを超えて家族の多様性についても問題を提起するものではないでしょうか。

わが家は信条からずーっと事実婚別姓で、子どもは非嫡出子となります。嫡出子がいませんからこの判決には直接影響を受けない(で、いいでしょうか?)ですし、長年のことなので今や毎日何も意識せずに生活しています。

それでも、うちのように事実婚家庭やシングル家庭にとってはこの判決はいいことなのだろうなあ〜という気がします。

P.S. 選挙結果に気落ちしてブログを更新する気力がなくなっていますが、実生活では何とかやっています。hmさんもお元気で!


by まい (2013-09-07 16:13) 

hm

shiraさん

 ナイス・コメントありがとうございます。担当の方は、この判決が面白くなかったのでしょうか。


by hm (2013-09-09 16:12) 

hm

まいさん

 ご無沙汰しています。
 個人の在り方の多様性を認めることと根っこでは繋がっていると思います。
 他に御子様がおられないならこの規定はもともと実害はないのですが、しかし、それでもやはり、という規定ではなかろうか、と想像します。

 色々大変な時代ではありますが、この判決にあるように、個人の尊重への理解の深まりも進んでいるので、明るい気持ちを持って、日々のことをやっていきたい、と思っています。
by hm (2013-09-09 16:19) 

hm

yamさん ナイスありがとうございます。
by hm (2013-09-09 20:08) 

ayu15

理屈はともかく心情的に

個々の尊重=個人主義=利己主義=個性

と感じる人多そうです。自民の党員にそういう人々が。

この人たちに抵抗しないと機械の部品に人間がなっていきそうです。


こういう人たちは自分らしくとか好まず「全体利益」第一で全体主義方向の考え方してるみたいですね。



一発免停 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-03-23-1ででてきたかたもほぼ今回の判決にお怒りでしょうね。


発想が個々の尊重でなく、制度の秩序ですから。



あまりにも遅い違憲判決だけど、差別禁止がやっと制度上は改善の道が開けたみたいです。
by ayu15 (2013-10-08 13:11) 

hm

>ayuさん ナイスコメント有り難うございます。

 本当に、一歩一歩ですが、良かったと私も思います。
by hm (2013-10-09 11:00) 

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