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「文庫X」 [読書するなり!]

 今も書店にあるのでしょうか?
 少し前に書店で「文庫X」を買いました。それを今読んでいます。

 「文庫X」とは何か?

 例えば、↓のようなニュースがあります。
 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG07H0C_X00C16A9CR0000/

 文庫本に特殊なカバーが掛かっていて、中身が何かわからないようにして売っている本です。
 あえてそうしているとのこと。
 1人でも多くの人に読んでもらいたい本、そのためにはこの方法で売るのが一番だと考えた、という意味のことがカバーに書かれていました。

 私も、「そこまでいう本というのは一体どんなものか?」と思って買いました。
 そうすると、開いてみると、私が自分ではまず買わない種類の本でした。
 むしろ、そのジャンル以外の本が好きで、(仕事に関係なければ)読まない種類の本でした。

 なので正直腹が立ちました。
 こんな売り方ってあるかよ!と。 

 そうして1ヶ月以上は家に置いていたのですが、先日来読んでいます。
 確かに、自分の望まないジャンルだったので「こんな売り方ってあるかよ!」なのですが、私が買ったということは、私はそれを受け入れていたのです。
 
 望まないジャンルの可能性もあるけれども、そんな「ありえない売り方」をする本って一体!?

ということに私が興味を持ったからこそ買った。
 なので、読んでみることにしました。

 中身としては(ネタバレは避けますが)、大変読み応えがあります。
 時期が来たら感想文を書くかも分かりません。そのときに内容を絶賛するとは限らないのですが、私にとっては買って後悔は今はありません。
 
 だとすれば、最初「ありえない売り方」という風に思った私の了見が狭く、人に何かを伝える手段は思ったよりもいろいろある、ということなのではないか、と思えてきます。

 自分が本当に良いと思っていることについては、「常識」と思っていることにとらわれずに、もっと良い方法がないかというのを考えてみること、そういう思考の柔軟性とか創造性を持ち続けたいと感じています。

神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹


 

「ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か」(中公新書 水島治郎著) [読書するなり!]


ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

  • 作者: 水島 治郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2016/12/19
  • メディア: 新書



 面白そうな本なので読んでみました。
 
 世界的に「ポピュリズム」とも呼ばれる政治スタイルが選挙で勝つなどのことが最近よく起こる、と言われています。
 
 この本の帯によれば、

イギリスのEU離脱
反イスラム、反エリート
トランプ米大統領誕生…

が例に挙がっています。
 
 日本でいえば、

「維新」の台頭

が例に挙げられています。

ところで、一般的に、「ポピュリズム」という言葉を使うときには、マイナスイメージで使われることが多いと思います。「インテリ」のような層が「ポピュリズム」というときなど特にそうです。

 この本が紹介する「ポピュリズム」の言葉の意味もいくつかあるのですが、たとえば、「国民に訴えるレトリックを駆使して変革を追い求めるカリスマ的な政治スタイル」(吉田徹氏)などの定義があるとのことです。
 
 「ポピュリズム」といわれれば、私としても「民衆を煽る」というようなイメージを抱きます。

 
 さて、この本では、「ポピュリズム」について、それが「悪いものである」とか「良いものである」という価値判断を離れて、

世界でどのような現象が起こっているのか

アメリカ、ヨーロッパ各国の「ポピュリズム」勢力はそれぞれどのような特徴を持つのか

「ポピュリズム」勢力が出てきた理由はどこにあるのか

「ポピュリズム」勢力が、その国の政治に与えた影響は何か

について客観的に分析されています。

 
 たとえば、「維新」の橋下氏の政治手法について、世の中では、

「敵を作って、人々を煽る手法はけしからん

「民主主義の正しいやり方ではない

という批判をする人も多いですが、ここの「けしからん」「正しいやり方ではない」かどうかをこの本は論じるものではありません。

 
 「良い」「悪い」「好き」「嫌い」を別にして、

なぜ「維新」が現れ、一定の支持を集めたのか

既存政党の行う政治には、どのような点で批判されやすい点があったのか(人々の不満の種がどういうところにあったのか)

「維新」が現れてから、既存政党の側が行う政治にどのような変化があったのか(既存政党側も以前はしなかったような「改革」をするようになったか)

などを分析しよう、という趣旨の本です。

 
 そして、ヨーロッパ各国の「ポピュリズム」勢力の紹介がとても興味深いです。

 要するに、ヨーロッパ各国(フランス、イギリス、オランダ、ドイツなど)の人民の隠れた「本音」を代弁するのが「ポピュリズム」勢力の傾向で、

移民・難民の受け入れ反対
反イスラム

などをストレートに訴える勢力が一定の支持を得る、という現象が各国であるようです。

 また、それと一緒に、

既存のエリート層の政治による「腐敗」を批判する

というのが加わってくることが多いようです。

 そして、「ポピュリズム」勢力が台頭してきた場合に、それが連立与党の一部などになる場合もあり、野党に止まる場合もあるが、いずれにせよ、

既成政党(特にそれまでの体制派)の側も、「ポピュリズム」勢力に批判される点(既存政治の「腐敗」と呼ばれる点)の改善、改革を意識せざるを得なくなる

ということが起こっているのも、各国ともみられる現象のようです。

 
 橋下氏や、トランプ氏のようなキャラクターの濃い人物(政治リーダー)がでてきたとき、ついついそのキャラの濃さから、人物に対する「好き」「嫌い」でモノを見てしまいがちですが、「好き」「嫌い」ではなく、


現状の政治の良い点、悪い点

(米大統領選挙)選挙結果などに表れた国民(人民)の考えはどういうところにあるか

政治がよりよい方向に向かうために、誰に、何が出来るか


を考えることこそ必要だと思います。
 そういう意味で「ポピュリズム」について冷静に分析するこの一冊は、とても視野を広げてくれ、また客観的な視点を与えてくれる良書だと思いました。

  神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹


 
 

「マチネの終わりに」(平野啓一郎著) [読書するなり!]

 今日読み終わった本です。 


マチネの終わりに

マチネの終わりに

  • 作者: 平野 啓一郎
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞出版
  • 発売日: 2016/04/09
  • メディア: 単行本



 作者の平野さんは、1975年生まれ、京大法学部卒。
 これ、私のプロフィールと同じです。

 同時期に京大法学部にいたはずですが、私は平野さんと全く面識はありません。
 学生時代のことですから、もしかして、私の知らないうちに何らかの迷惑をかけたことがある、とかそんな接点がある可能性は否定できませんが…
 
 平野さんの小説を読むのは、デビュー作「日蝕」以来です。
 「日蝕」は、私が司法修習生だったときでした。

 今回の作品は恋愛小説ですが、人間の存在そのものへの掘り下げ方、その描写がとても読み応えがあって、素晴らしい作品でした。
 世界的ギタリストの蒔野と海外で暮らすジャーナリストの洋子との恋愛を描いたものですが、数奇な運命をたどります。
 
 文章も非常に美しく整っていて、とても質の高い小説だと思いました。

 私が自分の仕事柄印象に残ったのは、主人公の1人ジャーナリストの洋子が、アメリカで夫と暮らす中で、夫のしている仕事(金融に関する研究職)についてついつい気になってしまう、という一節でした。
 サブプライムローン問題の根底に関するものですが、証券会社等が金融商品を作るときに明らかに危ないと分かっていて作っているのではないか、研究者もそれと知りながらお墨付きを与えているのではないか、と洋子は感じ、それに従事している夫に対してどういう考えで仕事をしているのかを聞かずにはおられなかった、という場面がありました。

 私は金融商品被害事件に関わってきましたが、やはり、最近の新しいタイプの金融商品(たとえば、「仕組債」と呼ばれるものなど「金融デリバティブ」)の中には、「危険を敢えて見えにくい形にして売っている」と思わざるを得ないものが多くあります。
 これは、私や、日本の弁護士たちが言っているというだけではなくて、海外(アメリカ、オーストラリアなど)でも裁判沙汰になっています。

 仕事をする上で、そのレベルや大小には違いがあるにせよ、「自分が心底正しいと思うこと」と「仕事の上で会社や関係者から求められること」のギャップというのは必ずあります。
 もしかしたら、グローバル経済の威力が大きくなっている現代のほうが、昔よりもこのギャップが大きくなりやすいのかも知れません。
 そういう中で自分のポジションで(おそらく)悩みを持ちながら仕事をする人の、仕事人としての面と、家族ある人間としての面、それをあわせた「存在」というところを描いているのが、私には読み応えがありました。

 もちろん、この小説の主題は、金融商品ではなく、恋愛です。
 
 激動する現代社会(他にも、イラクでの紛争、東日本大震災などが主人公たちの生き方に多大な影響を与えます)の中でそれぞれに懸命に生きている2人の恋愛の結末やいかに?

という、読者を飽きさせないストーリーで、一気に読んでしまいました。

 「読書の冬」にお勧めの一冊です!

 
神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹

 

「火花」~又吉直樹著 [読書するなり!]


火花

火花

  • 作者: 又吉 直樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/03/11
  • メディア: 単行本


 
 この本についてはもう、(1人でも多くの方に)読んで頂くしかない、という感想です。
 魂の作品だと思いました。

 芸人である主人公が、ある先輩芸人との付き合うなかで、色んな発見をする、という話ですが、何かの物事に本当に向き合うことや、何かを突き詰めること、特に、人間の本性の根幹部分に純粋に向かっていくことというのはどういうことか、を感じる作品でした。

 純粋に理想を追うということが素晴らしい、という単純な話ではなく、むしろ逆に、純粋に理想を追うことは恐ろしいこと、不都合なことにたくさんぶち当たることになるが…という話です。

 ここからは「火花」で書かれていることではなく、私が考えたことです。

 「笑い」というのは、突き詰めれば、人間社会と人間の本性そのものの根幹で、何らかの「ずれ」であったり「意外性」であったり、そういうハプニングが起きる(起こす?)ところに生じるわけです。
 これを業とする「芸人」というのは、まさに人間の本性そのものに深く切り込んでいる仕事であって、これ以上にハードな仕事はないように思えます。

 弁護士は、人相手の仕事ですし、多くはトラブルの渦中にある人相手の仕事ですから、これも人に対する深い洞察力や想像力などがなければ、依頼者をよりよくサポートすることができません。
 ただ、あくまで取り扱う事柄そのものは法律問題であり、そこには法律なり裁判例なり、確かな道しるべとなるものがたくさんあります。
 一方で、「芸人」さんにはそんな「道しるべ」はなく、「芸人」さんは自分の感性(と相方?)だけをよりどころとして、人間という一番難しいものに素で挑んでいくという、考えただけで恐ろしいハードさの中で勝負していると思われます。
 又吉さんが描く、そういう「芸人」さんの在り方からは、私にとって学ぶもの、感じるべきものがたくさんあるように思えました。

 もちろん、弁護士の仕事が芸人さんよりも軽い、などということではありません。
 別の面で弁護士にはハードさがあります。
 しかし、やはり弁護士の能力(いや、弁護士に限りません。究極的には「仕事人」であればみな一緒でしょう)は人間的な総合力です。
 これは、私がいくつになっても「自分はまだまだ」ということになると思いますが、特に私が未だ40歳の若輩であることからすれば、「人」に対する勉強をもっとしなければならない、といつも強く思います。
 本などに書いてある「答えのあること」について専門家として理解と知識を備えることは当たり前、その上で、人間的な総合力を高めてより大きな力を発揮し、法律的な考え方や知識を実際に人のために役立たせることができるように、日々研鑽を積まねばならない、と思った次第です。

神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗~加藤陽子著 [読書するなり!]



戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

  • 作者: 加藤 陽子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2016/08/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





 日本が太平洋戦争に至った過程で、大きく選択を迫られていた3つの場面、

リットン調査団報告に基づく勧告を受け入れるか
日独伊三国同盟
1941年の日米交渉

を取り上げ、日本の置かれていた状況を、中高生との講義実況の形で本にしたものです。

 まず、そのときどきの国際情勢がどうであったかということの整理として大変勉強になる本でした。
 
 大雑把に捉えて「戦争に進んだのは誤りだった」ということ自体は結果から見て否定しようがないことだとは思いますが、その前段階で、例えば自分がその時代の政治家だったら、一体どういう選択を強いられていたのか、ということを知るのは有意義だと思いました。

 戦争の結果を知る私たちとしては、おそらく多くの人が、「どうにか止められなかったのか」という風に思いながらこの本を読むことになります。
 
 そうしたときに、

・ 政治家の中でも、冷静な判断で、戦争を拡大しないようにすべきという意見を言った人もいた。
・ 外国にも、日本のメンツを立てた上で事態を収束しようとする動きがあった。

などのことが具体的に分かるのですが、その時代の現実を考えるとき、

・ 誰か、個人的に判断力のある政治家がリーダーだったら止められたのか。
・ あるいはそれでは不可能だという、国家のシステム上の問題があるのか。
・ その他に、日本の意思決定に影響を及ぼす強い要因がどのようなものか。
・ それぞれの要素がどの程度強いのか。

などを深く掘り下げて考えるきっかけになる本でした。
 実際に、加藤氏が中高生相手にこのような授業をシリーズ物として行ったというのですが、それは、未来の平和な世界を創造するための大切な勉強になることだっただろう、と思います。

 「戦争はあかん」ということを伝えていくことはそれ自体大事です。
 ただ、今の私たちの世代も若者も、みんな「戦争はあかんのはわかっとんねん」といいます(本当にわかっているかどうかはともかく)。
 そして、「戦争があかんとして、じゃあ、どうすればいいのか?何もしなくて平和が守られるのか?」というところが問題。
 そうしたときに、なぜ戦争が起こって、あるいは、どういう風になれば国際紛争が戦争になってしまうのか、それを止めるために具体的に何が必要か、などの実際を考えてみる。
 それを過去から学び、現代にも通用するものがあるかを考えてみる。
 こういう大事なことを考えるきっかけや視点を与えてくれる本でした。

 どなたにもオススメの本です。

  神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹

追補
 最初、こっちの本をタイトルに挙げていたのですが、私が読んだのは「戦争まで」のほうでしたので、タイトルと冒頭のリンクを変更しました。


それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

  • 作者: 加藤 陽子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2009/07/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


 

「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門」(角川書店 森岡毅氏著) [読書するなり!]

 読書評です。


USJを劇的に変えた、たった1つの考え方  成功を引き寄せるマーケティング入門

USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門

  • 作者: 森岡 毅
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/04/23
  • メディア: 単行本



 東京ディズニーリゾート(TDR)には何度も行きましたが、USJは開園当初に行ったきりであとは数えるほど、特にここ最近は全然行っていません。
 
 ただ、私の中の「開園当初のUSJ」の印象からは意外なほど、

若い人たちは頻繁にUSJに遊びに行っているし
遠くから、外国からUSJに来る人が多いし
大阪に来た人がやたらUSJを楽しみにしているし

というのが、何でなのか?と思っていたのです。
 その理由がこの本を読んで分かりました。

 簡単にいえば、ハリーポッターなど魅力的な出し物がどんどん出てきた、ということが要因なのですが、それらがただ思いつきとか短期的な魅力ということで出てきたのではなくて、

消費者の求めているもの、行動その他の要素の分析

がなされたうえで、

中長期的なパークの戦略の中で、本当に必要なものに限られた資源(お金、労働力など)を集中的につぎ込むこと

によって、今の魅力あるUSJになっている、ということでした。

 いや、私から見て「開園当初のUSJ」が別に悪かったわけじゃありません。
 ハリウッド映画の世界観を味わえる、それはそれで楽しめるパークでした。
 ですが、ハリウッド映画が特別好きだというわけではない私としては、いいパークだと思うけど、一回行ったらしばらくはもういいかな、という感じでした。
 この本によれば、通常の消費者というのは、だいたい私と同じような感覚だったようです。
 USJが元々持っていたハリウッド映画のテーマパークへのこだわりは、消費者の目線とは少しズレがあったようです。

 著者の森岡氏は、USJのマーケターとして、USJを「映画の専門店」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」にして、アニメ(「進撃の巨人」など)やゲーム(「モンスターハンター」)など多くのファンを持つ出し物を提供するようにした、とのことです。

 確かに、当初のハリウッド映画のアトラクションだけではなく、「ハリーポッター」「モンスターハンター」「進撃の巨人」となれば、私も見てみたい、と思えるのです。
 そして、それは多くの消費者がそうだ、ということが分析済みであるとのことです。
 
 私自身は、「世間に広く売れるものをつくる」というのとは求められるものが随分違う世界で仕事をしていますが、森岡氏の戦略的な考え方はとても参考になります。

 当然のことながら弁護士の仕事も、

・ 期日に追われて、裁判書類(準備書面)を書く
・ 裁判書類(準備書面)をとにかく長く書く
・ ただひたすら長時間の打ち合わせをする、現場に足を運ぶ

などということでは勤まりません。


・ その事件で、依頼者の求めるもの(又は、依頼者にとって真に価値のあるもの)は何か
・ その実現のためにどういう方法が採れるか(訴訟か、他の手続きか、など)
・ それを成功させるための要素は何か(何を証明しなければならないか)

などをしっかり見定めた上で、

・ 可能な限り、依頼者の求めることの実現という意味で成否を分ける部分にエネルギーを集中する。
・ (訴訟であれば)裁判官の立場を想像して、裁判官が正しい判断をするために役立つ主張をし、必要な証拠を出す(もちろん、裁判官が正しい判断をすることの妨げになりかねない無駄な記述などは極力避ける)。

ということを心がけることになります。
 
 訴訟に提出する準備書面を書く、依頼者と打ち合わせをする、現場を見にいく… どれ一つをとっても、「何となくやる」という感覚ではなく、できるだけ目的をハッキリさせて仕事をすること、その積み重ねが「仕事の質」になります。(ときには、まずイメージをつかむために、「とにかく現場」ということもあります。ただ、これとて、事件をやる上で役立つ「イメージをつかむ」という明確な目的があるわけです。)
 
 こうして書けば当たり前のことですが、実際は、日々スケジュールに追われる中で、弁護士も、特に何の意識も持たずに過ごすと、「何となく」スケジュール帳に書かれた打ち合わせ、裁判期日に臨み、〆切り日の迫った裁判書類を「間に合わせる」状態になりがちです。
 実は、こういうのは悪循環で、目的の定まっていない仕事の在り方は非効率に繋がり、ますます時間がかかり、自分自身の体力気力を奪っていきます。
 
 目的をハッキリさせて仕事に臨んだ方が効率よく、しかも、必要な部分に抜けることのない質の高い仕事ができます。
 ですが、これは常にそうしようという「意識」「心がけ」があって出来ることです。また、それができる心身のコンディションの維持も必要になってきます。
 私の場合、自分の仕事ぶりを自慢するという気になる要素はありませんが、ただ、自分が引き受ける仕事の目的を明確にして、効果的な(真に役に立つ)弁護士活動をするという心掛けだけは大切にしてきたつもりです。
 この姿勢は変えず、さらに磨いていきたいと思っています。
 
 本の話から弁護士の仕事の話に逸れてしまいましたが、この森岡氏の本を読んで、改めて、「戦略的思考」を意識し続けることの必要性を再認識しましたし、物事に対する「目の付けかた」という意味でとても勉強になるところがたくさんありました。

 頭が活き活きしてくる本、という感じでした。

                           神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹



 

 
 

「最強の教養 不確実性超入門」 [読書するなり!]


最強の教養 不確実性超入門

最強の教養 不確実性超入門

  • 作者: 田渕 直也
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2016/04/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 「なぜ、エリートですらバブルと暴落に踊らされてしまうのか?」という帯のこの本。

 予測不可能な出来事については、基本的に予測を「当てる」ことを期待できない。
 そうである以上、個々の「当たる」「当たらない」に一喜一憂したり、過剰な意味づけをすることなく、「期待値」で物事を判断するしかないし、「起こりえる最悪」が致命傷にならないだけの備えをしておくしかない。

 引いた牌が何かを当てることは基本的にできない「麻雀」なんかも、まさにこの考えで行くのが最善なのですが…

 ただ、実際には、「エリートですらバブルと暴落に踊らされてしまう」し、偶然によってもたらされた成功について過剰な意味づけ(「自分の力だ」というような)をして失敗することがある。
 むしろ、そのような失敗をしやすい性質が人間には備わっている。それには理由がある。

 …といったことなどが、分かりやすく書かれている本です。

 不確実なことに満ちている世界で、いかにして、自分のコントロールできることとできないことを区別し、コントロールできることに最善を尽くすか、また、そのための心がけや、気をつけるべきことはどんなことかを教えてくれる本でした。

 少し前、「勉強」の記事でも書いたことに通じます。

・ 学校でテストの点数をとる      → 不確実性を考えずに、基本的に努力でできる。

・ 社会で起こる出来事に対処する、仕事する    → 不確実性への対処を避けられない。

 ですので、生きるのに必要な力としては、社会に出れば、「学校のテストで点数をとる」ような考え方とは別の頭の働きが必要になってきます。(もちろん、「答えのある」問題を正解できる、ということは間違いなく一つの「強さ」そのものなのですが、しかし、それだけでは全ての課題に対処できないということです。)
 それが「不確実性」への対処であって、そういう意味で、多くの人にとって興味深い内容なのではないか、と思います。

                        神戸シーサイド法律事務所                           弁護士 村上英樹

「翔ぶが如く」 [読書するなり!]

 通勤電車で長いこと読んでいた本。
 やっと全巻読み終わりました。


翔ぶが如く〈1〉 (文春文庫)

翔ぶが如く〈1〉 (文春文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: 文庫



 文庫本でも、小説などは、軽いタッチのものであれば、あっという間に読み終わってしまいます。
 マメに図書館で借りるなどはせず、古本でもなく、新品で買ってしまうことが多い私にとっては、例えば、大阪-神戸間を1往復したら読み終わってしまう本などはコストパフォーマンスが余りに悪くなります。
 その点、司馬遼太郎作品は素晴らしい。
 内容が濃いので、なかなか進みません。時には、その「進まない具合」こそが作品の表現だったりします(「坂の上の雲」に描かれる、日露戦争でのロシア・バルチック艦隊の長い長い航海など)。

 さて、「翔ぶが如く」は明治初期、西南戦争前後を描いた歴史小説ですが歴史の中で、乱を起こして敗れた者が、いかにして乱を起こすに至り、敗れることが必至となった後どのような心境で居たのか、あたりに迫る記述を読むと色々考えさせられるものがありました。

 ゲーム感覚でいえば、「負け戦をしたり、負け戦に乗ったりするのは愚かだ」という発想もあるでしょう。
 
 これだけだと功利主義的ですが、私はさらに、「自分の思う理想を実現する」観点から考えても「負けたら、死んだら終わりでは?」という発想が強く、「志が高いならば尚のこと、負け戦はいけない」と思ってきました。
 この本を読んだ後も、この考えそのものには変わりはありません。
 
 しかし、大人になって分かってきましたが、「自分の存在」というのも、空を自由に飛び回るような自由な存在であることは難しい。
 家族、同僚、上司、部下…との関係などは大人になれば誰でもできるもの。
 それが特別な力を持った人になると、「自分の存在」に対して、時代の中に存在する何らかの「価値観」なども乗っかかってくる。
 そういう中で、単なるヒロイズムで軽率にも立ち上がった、というのではなく、西郷のように、宿命に身を委ねるようにして「乱」に至る、ということの有り様を感じることができました。
 なので、「負け戦」を買って出たように見えた人にも、「彼なりの理由」がある、それを抜きに「単に愚か」という見方は表面的過ぎる、と思えます。

 そして、司馬遼太郎作品の素晴らしいところは、「この人にとっては、○○の事態に至ったのにこういう理由がある。」「この人の置かれた立場や、それまでの発想からは、無理もない。」というところが掘り下げられているのと、それでいて、一方で冷静に「客観的には、無邪気な楽観に過ぎなかった。」という感じで分析されているというのが両立しているところだと思っています。
 要するに、「宿命に従って散る」というのを美化することもないところが好きです。
 
 もっといえば、司馬遼太郎作品に出てくる、「この人は大人物なのに、こういうところが残念だなあ。」という記述が好きです。
 大人物にも大概「決定的にダメなところ」がある、というのが、司馬遼太郎作品を読むと、実にはっきりと書かれています。
 人間ってそういうものだよね、むしろ何かに突出する人間はアンバランスなことの方が多いよね、と思うと、かえって人は愛すべきもの、と感じられます。
 
 ただ、それでもやはり、大人物であればあるほど、歴史の流れの中で自分の立ち位置や進み方はとてつもなく大きな力でもって制約されるものだろうけど、その中でこそ抗って、自分の自由な意思や、理性的に考えたときに「これが正しい」と思えることを貫く、そういう風になれないものか、そうあって欲しいものだが、と思わずにおられません。
 歴史小説を読むと、やっぱり、いつもそんな風に考えてしまいます。
 歴史にifがあれば、あるいは、歴史上の人物ももう一度「分岐点」に戻れれば、また違った判断ができたことも沢山あるのでしょうね。

 歴史小説は、読者の年齢や経験相応に色んなことを教えてくれます。それなので、間を置いて、未だ読んでいない大作を読んでみたいと思っています。
 
                                         
                             弁護士 村上英樹(神戸シーサイド法律事務所

 

たけしの挑戦状!?~「新しい道徳」(北野武著)を読んでいます。 [読書するなり!]

 ビートたけしこと北野武さんの著書を読んでいます。

 モラルの低下→道徳教育の強化 といわれる流れの中で、武さんには「言いたいことがある!」ということで書かれた著書のようです。

 「はじめに」によれば、

(引用)
 結局、いいたいことはひとつなんだから。
「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」
                                          (引用終わり)

 道徳の教科書にしても、子どもに道徳を説く大人にしても、「道徳をどうのこうの」いう立場の側がちゃんと道徳というものを自分のものにせずに「どうのこうの」言っているのではないか、という鋭い問題提起がなされています。

 その意味で、「道徳をどうのこうの」というのに対する「たけしの挑戦状」と言って良いのかも知れません。
 
 武さんの、一見不真面目に見える語り口調の中に、通り一遍の「道徳」のうさんくささをえぐる鋭さ、(逆説的ですが)真剣さが伝わる本で、とても読み応えがありました。
  
 

新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか

新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか

  • 作者: 北野 武
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2015/09/10
  • メディア: 単行本



 さて、話はそれますが、弁護士が、というより私が「道徳」という言葉を出すときは多くはこんな文脈でした。
 特にもっと若い頃はこんな言い方をしょっちゅうしていました。

「それは道徳の問題にすぎません。」

 ああ、何てモノの言いようでしょう。

 「道徳」「の問題に過ぎません」なんて。

 このモノの言い方自体が「不道徳」な感じで、うんざりします。

 ただ、(表現はともかくとして意味としては)こういう言い方をせざるを得ないケースが実はしばしばあるのです。

 つまり、弁護士が受ける相談事の中には、相談者の側も、法律問題かどうか区別がついていない、いや、区別がつかないからこそ弁護士にアドバイスを求めている(弁護士が扱えることかどうかも含めて)ことがあるのです。
 これは当然のことです。

 ですので、

「Aさんからカクカクシカジカのことで大変な迷惑を被っている。
 こんなAさんの振る舞いはけしからんでしょう?
 Aさんに対して、弁護士が入って、何とかできないものか。」

という相談をされることがありますが、時として、

「なるほど、『けしからん』というのはそう言えるかも知れません。
 しかし、それは道徳の問題に過ぎません
 つまり、犯罪になるとか、法律に違反するとか、そういうことにはならないので、法律的にAさんに対して何か出来る手段があるわけではありません。
 弁護士は、法律問題には入ることができますが、道徳の問題のような、人の心の持ちようの問題に介入することはできません。」

という回答になることがあります。

 例として言えば、「娘(息子)が、父親(母親)に対して、親を親とも思わない態度を取り続ける。それを弁護士が入って改めさせることができないか。」というような話ですね。

 しかし、

「弁護士ってひどい。『道徳の問題に過ぎません』だって!」

という声が聞こえてきそうです。

 道徳というのは、答えが一つではありません。

 たけしさんの「新しい道徳」によれば

(引用 「帯」部分)
 時代を作る人は、いつだって古い道徳を打ち壊してきた。誰かに押しつけられた道徳ではなく、自分なりの道徳で生きた方がよほど格好いい。

 自分なりの道徳とはつまり、自分がどう生きるかという原則だ。

 今の大人たちの性根が据わっていないのは、道徳を人まかせにしているからだ。それは、自分の人生を人まかせにするってことだと思う。
                                                          (引用終わり)

とのことです。

 つまり、道徳は、時代によって、集団によって、また人によって、結局は多様なわけで、画一的なものではない。
 人間生活にとって道徳が大切なものには違いないのですが、日本国どこでも誰にでも適用される法律(ルール)と違って「イヤでも守らせる」ということができるわけではないのです。
 つまり、道徳は、それぞれの人の心の領域でそこに(弁護士などは)踏み込めないわけです。

 なので、

「道徳の問題に過ぎません」

と言わずに、

「それは道徳の問題であって、弁護士などは恐れ多くてそこにタッチする事が出来ません」

と言うべきかも知れません。
 そしたら、「弁護士はひどい」とはならないかも知れません。
 
 解説すると、「道徳の問題に過ぎません」という弁護士の言葉は、問題解決のための「強制力」を念頭に置いています。
 問題解決の専門家としての表現とすれば、「道徳の問題に過ぎません」となるのです。

 法律の問題 → (最終的には)強制的に解決しえる(自力で解決可能)
 道徳の問題 →強制的に解決出来ない(つまり他人次第)

ゆえに

 実際に弁護士が解決出来る課題か?と尺度で言えば、いうまでもなく、

 法律の問題 > 道徳の問題

となるからです。  
 弁護士になって日が浅かった頃の私は、「自分は問題解決のプロだ」なんて思ってつい「道徳の問題に過ぎません」と言っていたのです(いや今も時々言っているかもしれません)。
 いやはや、それにしても、聞き手がどう取るかもよく考えて、モノの言い方に気をつけましょう!というものです(反省こめて)。

 なので、こういう風に丁寧に説明したいものです。↓
 
 「なるほど、あなたがそれを苦痛に感じることは想像出来ます。
  道徳的にAさんの行動は非常に良くないと言うのが常識的な見方でしょう。
  ただ、あくまで道徳的な問題となれば、それは人の心の持ちようの問題ですから、法律によって解決するのは難しいですね。
  なので、弁護士が介入することは適さない事案と言うことにならざるを得ません。」

 これならOKでしょうか?

 しかし、法と道徳との区別というのは重要なものですが、案外やっかいなものです。
 
 例えば、

A 道徳のような内容を、やたらと法律や条例に盛り込もうとしたがる人もいる。
 (だって、自分の信じる道徳はいいものだ、と強く思うものですから。こういう気持ちになる人の心の動きも分からないではない。でも、心の領域に強制力を働かせることは本当は怖いことだと思います。)

 そうかと思えば、

B 法律さえ守れば後は何だって良い、文句を言うやつがおかしい、という人もいる。
 (これが高じて、「文句を言うやつ」のほうが道徳的にも間違っているかのような言い方をする人もいる。)

 さらには、なぜか、上のAとBを両方兼ね備えた人もいる(矛盾してない?と思いますが、何かしら矛盾があるのが人間なのでしょう。それにしても…)。 

 たけしさんも「道徳などいらん!」などとは言っていません。
 先にも引用したように、道徳は自分で大切に育てるもの、ということなのです。
 
 法は法の領域で働き(つまり弁護士は自分の守備範囲をがっちりと守り)、人々が生命・身体・財産を脅かされる恐怖から解放されて、自分なりの生き方をつくっていく(この際の原則がたけしさんのいう「道徳」)ことができる環境整備をするというものなのです。

 というわけで、この環境整備の一助となるべく私もがんばっていこうということで、本稿を締めたいと思います。

                                          弁護士 村上英樹(神戸シーサイド法律事務所
  


 

「親鸞」五木寛之著 講談社文庫 [読書するなり!]


親鸞(上) (講談社文庫)

親鸞(上) (講談社文庫)

  • 作者: 五木 寛之
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/10/14
  • メディア: 文庫



 最近読んでいる本はこれです。

 親鸞上人(浄土真宗の始祖)の生涯がテーマです。

 歴史小説としてとても面白いのですが、とても読み応えがあります。

 親鸞は、高貴な存在として山の上にいる、というのではなくて、世の中のありとあらゆる人と関わります。

 貧しい人、罪人、業を負う仕事をする人… 
 「清い」などという在り方からは程遠い人でも、懸命に生きているし、救いを求めていることを肌身で感じ、何をすべきか考え、行動する波瀾万丈の生涯。

 また、五木寛之さんが描く親鸞像は、とても人間らしい部分が生き生きと描かれており、人が人を救わんとすることは、言うは易くとも、実際行うとなると捨て身で、ドロドロになりながらなのだ、と教えられます。

 
 話は変わって、中学生などとお話しすると

「なぜ弁護士は悪い人を弁護するのか?」

という質問をいつも頂きます。
 この問いと答えに通じるものを小説「親鸞」に感じました。

 確かに、中学生の時は、「悪いことをして捕まったら終わり!」という感覚だったと思います。
 
 私は刑事弁護がメインでないので、それほどの経験がありませんが、私の接した多くの人は、

罪を犯したくて罪を犯したわけではない(できれば罪を犯さず生きていたい)

し、また、

その人にとって、刑事裁判が終わりではなく、その後、如何に良く生きるべきかという課題が残っている

のです。
  
 
 弁護士もそうですが、それだけでなく世の中全体が、「自分の意に反して、理想の状態から外れてしまった。」という人(罪を犯した人もそうですし、その他、社会的に弱い立場に立つことになったあらゆる人)に対して、排除するなどという態度ではなく、「その人がこれから如何に良く生きることができるか」という視点で関われるようになっていけば、と思わせられました。

 ま、深く考えずとも、単純に、親鸞上人の「波瀾万丈伝」として捉えても大変面白い(史実との関係は詳しくは私には分かりませんが…)ので、あらゆる年齢層の方にこの小説はオススメです。

                                          弁護士 村上英樹(神戸シーサイド法律事務所




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