「おい、悪魔」 ~ 元阪急・福本さん → 元阪神・赤星さん [読書するなり!]
変なタイトルです。
「おい、悪魔」というのは、次の本に出てくる、「『戒め』の頭文字」なのです。
悪魔など出てきそうもない本です。
元阪神タイガースのスーパースター赤星選手(5年連続盗塁王など)がプロに入ったとき、元阪急ブレーブスの福本豊さん(世界の盗塁王)が赤星選手に贈った言葉が「おい、悪魔」です。
お おこるな
い いばるな
あ あせるな
く くさるな
ま まけるな
なるほど。
この戒めが大事だということは、私にはよく分かります。
特に、プロ野球選手にとって、大事なんだろうな、というのは、まさに。
心の持ちようの問題なのですが、プロ野球選手は、大抵、プロ入りするときは20歳前後の若者なのです。(赤星選手はもう少し上ですが)
野球の技術は一定水準以上なのですが、人間としては、もちろん、周りの若者とほぼ同じ。
「おこりやすい」「いばりやすい」「あせりやすい」「くさりやすい」要素をいっぱい持っているわけです。
そのかわり、若いゆえ、情熱も大きいけれども。
私も、弁護士になったときは24歳でした。
というと、大学生気質に毛が生えたかどうかというくらい。
「宴会の後は、朝までオールでカラオケでしょ」というノリの若者です。
試験にはパスしたけれども、中に入っている人間はそんな若者。
もちろん、調子に乗りやすいし、逆に、「おこる」「いばる」「あせる」「くさる」に陥りやすいし、そんなしょうもない感情のために、自分の成長の機会を逃してしまうような損をしたことがたくさんあったなぁ、とこの12年くらいを振り返りました。
とはいえ、私の場合、「おい、悪魔」の戒めに反して損をした経験もたくさんあったからこそ、「おい、悪魔」を心から噛みしめることができ、その結果自分の成長のためにあるべき心の在り方に近づけるのです。
その意味で、24歳の私よりも強くなっている、と考えることが出来ます(ただし、「朝までオールでカラオケ」はきつくなりました)。
まだまだ仕事の「現役」人生も長いわけですから、失敗の体験だって力になって、十分元を取れる!
それに対して、プロ野球選手は勝負できる期間が短いので、「おい、悪魔」に反して何年間か成長が思うようにいかなかった場合には、それで「終わってしまう」過酷さがあるのですね。
だからこそ、の、福本さんから赤星選手への贈る言葉「おい、悪魔」。
今家に、「おいあくま」と書いて貼ってあります(笑)
雑念や邪念に惑わされず、自分のなすべきことを冷静に見つめてゆける人間になろう、と。
村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所)
「おい、悪魔」というのは、次の本に出てくる、「『戒め』の頭文字」なのです。
悪魔など出てきそうもない本です。
元阪神タイガースのスーパースター赤星選手(5年連続盗塁王など)がプロに入ったとき、元阪急ブレーブスの福本豊さん(世界の盗塁王)が赤星選手に贈った言葉が「おい、悪魔」です。
お おこるな
い いばるな
あ あせるな
く くさるな
ま まけるな
なるほど。
この戒めが大事だということは、私にはよく分かります。
特に、プロ野球選手にとって、大事なんだろうな、というのは、まさに。
心の持ちようの問題なのですが、プロ野球選手は、大抵、プロ入りするときは20歳前後の若者なのです。(赤星選手はもう少し上ですが)
野球の技術は一定水準以上なのですが、人間としては、もちろん、周りの若者とほぼ同じ。
「おこりやすい」「いばりやすい」「あせりやすい」「くさりやすい」要素をいっぱい持っているわけです。
そのかわり、若いゆえ、情熱も大きいけれども。
私も、弁護士になったときは24歳でした。
というと、大学生気質に毛が生えたかどうかというくらい。
「宴会の後は、朝までオールでカラオケでしょ」というノリの若者です。
試験にはパスしたけれども、中に入っている人間はそんな若者。
もちろん、調子に乗りやすいし、逆に、「おこる」「いばる」「あせる」「くさる」に陥りやすいし、そんなしょうもない感情のために、自分の成長の機会を逃してしまうような損をしたことがたくさんあったなぁ、とこの12年くらいを振り返りました。
とはいえ、私の場合、「おい、悪魔」の戒めに反して損をした経験もたくさんあったからこそ、「おい、悪魔」を心から噛みしめることができ、その結果自分の成長のためにあるべき心の在り方に近づけるのです。
その意味で、24歳の私よりも強くなっている、と考えることが出来ます(ただし、「朝までオールでカラオケ」はきつくなりました)。
まだまだ仕事の「現役」人生も長いわけですから、失敗の体験だって力になって、十分元を取れる!
それに対して、プロ野球選手は勝負できる期間が短いので、「おい、悪魔」に反して何年間か成長が思うようにいかなかった場合には、それで「終わってしまう」過酷さがあるのですね。
だからこそ、の、福本さんから赤星選手への贈る言葉「おい、悪魔」。
今家に、「おいあくま」と書いて貼ってあります(笑)
雑念や邪念に惑わされず、自分のなすべきことを冷静に見つめてゆける人間になろう、と。
村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所)
「阪急電車」読みました。和んだ。 [読書するなり!]
今ごろですが、やっと「阪急電車」を読みました。
私は、阪急電車大好きで、毎日阪急で通勤しており、梅田~三宮間の移動でも、JR、阪神、阪急と3つ選択肢がありますが、1人のときは必ず阪急に乗ります。
阪急のまったりとした空気が良いのです。
中学生のときは、神戸の高校に「阪急電車」で通学するため(そして、阪急電車内で出会って知り合うであろう丸顔で可憐な女子高生と恋愛をするため。但し、現実には妄想で終わる。)に、受験勉強に励みました。
社会人になるとき、東京で仕事するか、神戸で仕事をするか考えたのですが、やっぱり、「阪急電車」に代表される神戸の空気を思い出すと、神戸で仕事し神戸で生活したいと思いました。
小説の舞台となる「阪急今津線」は、塾通いの中3のとき、高校通学の3年間とずっと毎日乗っていた路線です。
私にとってこの小説のようなドラマは殆どなく、ただひたすら「日常」の路線でしたが、この小説では、私にとっての「ただの日常」の路線が、ドラマのステージになっており、何とも楽しい気分にしてくれました。
出てくる登場人物がどれもこれも、阪急文化圏らしい、いい感じで、和みました。
やっぱり、この街で暮らしていて良かった。幸せだ、と感じました。(って、住まば都、なんで、ただの地元贔屓なのですが。)
今後も、この街の笑顔を増やすことに繋がる毎日を送りたいと思いました。
江川紹子さん「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書) [読書するなり!]
私が社会に出るとき、一番、何とかしたい、と思ったことは、まさに「勇気がほしい」でした。
特に、弁護士業の場合、机の前に座って何年にもわたって毎日何時間も勉強してきたとしても、また、毎日何時間も書面を作るために時間を費やしたとしても、
肝心の場面で言うべきことを言いそびれたら全てはオジャン(←思いっきり極端に言えばの話ですが)
になることもあり得ます。
自分のこととして考えたときに、他人と比べて勇気があるとかないとか言うことは余り問題ではありません。
しかし、自分が思うような仕事をする上で必要な勇気を自分が持ち合わせているか、社会人になるときには全然自信がなかったし、弁護士になって10年たった今は、さすがに10年前とは違う感覚ではあるものの、やっぱり、勇気というのは捉えどころがなく、その場、その時になってみないと分からない怖さがあります。
しかし、「勇気がほしい」と言っても、一体、「勇気」とは何なんでしょう。
江川さんのこの本、実に読みごたえがあります。
人によっては、この本を読んで、勇気というものに対する考え方が変わるかもしれません。
勇気をテーマにした本ですが、かえって、普段「私は勇気がないのではないか?」と悩む「勇気強迫症」の人も考えが楽になるかも知れません。
岩波「ジュニア」新書なので、中高生に読んでもらいたい本なわけですが、「シニア」が読んでも、十分に読み応えがあります。
江川さんが書くのだから当然といえば当然ですが、
単に、 無理でも勇気をもって突っ込もう!!気合いだーーーー!!
という本ではありません。
また、
勢いに乗って、(多数の人が喜びそうな)勇ましいことを言う
のを勇気と言っているのでもありません。
一番最初に出てくるのは、アルピニスト(登山家)の野口健さん。
勇気の実例として挙がっている話は、エベレスト登山ですが、
険しい山に勇気を出して登った
ということが主題ではなく、逆に、
(たくさんのスポンサーもつき、マスコミも取材し、最年少登頂記録の誕生を待ち望まれる中で)極端な悪天候という条件を野口さんが冷静に判断し、登頂を断念して、下山する(このときの辛い思いをも受け容れる勇気)
という話でした。
この例についていえば、野口さんは、
その場における「空気」 < 自分の命、アルピニストとしての命
という判断をし、この自分の判断を貫いたというのが勇気だったわけです。 野口さんは、このとき勇気を出して撤退し、命を守ったからこそ、のちに、エベレスト最年少登頂の偉業を果たすこともできたのでした。
その他にも、元衆院議員で後に秘書給与流用事件で服役した山本譲治さんや、北朝鮮拉致被害家族の蓮池透さん、その他あわせて9名の人の、それぞれの勇気を取材した本です。
本当の勇気とは、どのようなものか。(ノリからくる「勇ましい」発言・態度とどう違うか。)
若者もシニアも考えてみたいテーマです。
内田樹さんの本 [読書するなり!]
面白かったです。
神戸女学院の先生の内田樹さんのブログを元ネタにした本です。
私は読書をするとき、読み返したいフレーズのある頁の下の角っこを折っておくのが癖なのですが、折り目だらけになってしまいました。
内田さんの文章は、実にしなやかに、色んな主義主張、考え方の典型的な枠組みを客観視(自分の思考も客観視)しながら、物事の本質に迫っていくという書きぶりで、大変ためになりました。
個別の項目においては、私と全然考えの違う項目もありますが、ものの考え方の姿勢について、読んでいてとても心地良い文章でした。
とくに印象に残った部分を下に記します(ほかにもたくさんの箇所がありますが、ほんの一部だけ)。
(以下引用)
【教師について】
…
だから、学校の先生がすることは畢竟すればひとつだけでよい。 それは「心身がアクティヴであることは、気持ちがいい」ということを自分自身を題材にして子どもたちに伝えることである。 「気持ちよさ」は知識や技能を持っているので「まことに便利だ」という仕方で表現してもよいし、推論や想像で思考が暴走するのは「ぞくぞくする」という仕方で表現してもよいし、体の潜在能力が発現して「わくわく」している状態で表現してもよい。
要するに教師自身の心身がアクティヴな状態にあって、「気分がいい」ということだけが確保されれば、初等中等教育の基礎としては十分なのである。
…
【神戸女学院について】
…
本学は関学のときと同じく、日本社会における「外部」との通路であり続けることをその歴史的使命としている。そのためにも、学生たちを現在の社会において支配的な価値観に追随し、競争的に社会的上昇を遂げるように仕向けるべきではない。むしろ、そのような現代社会のありようにつよい違和感を覚えている学生たちを迎え入れ、彼女たちが学外にいるときよりも学内にいるときの方が心身の平安と開放感を得られるような「逃れの街」であることのうちに使命を見出すべきである。それが私の結論である。
…
【日本について】
タイトル 辺境で何か問題でも?
(村上註・日本は1894~1945年をのぞき、常に「辺境」の「属国」であったことを述べて)
…「辺境」は(自分が辺境だという意識を持ち続けるならば)「中央」を知的に圧倒することができる。日本の歴史はその逆説を私たちに教えている。
…(中略)…
だから私が申し上げているのは、属国でいいじゃないか、辺境でいいじゃないか、ということである。
せっかく海に囲まれた資源もなんにもない島国なんだし、人類史以来地球上で起きたマグニチュード六以上の地震の二〇%を一手に引き受けている被災国なんだし。
おのれを「上位文化」の下位にあるもの、「述べて作らず」の祖述者のポジションに呪われてあるものとして引き受けるとき、日本のパフォーマンスは最高になる。
ある種の「病」に罹患することによって、生体メカニズムが好調になるということがある。だったらそれでいいじゃないか、というのが私のプラグマティズムである。
「属国」であり、「辺境」であることを受け容れ、それがもたらす「利得」と「損失」についてクールかつリアルに計量すること。 病識をもった上で、疾病利得について計算すること。
それが私たちにとりあえず必要な知的態度であろうと思う。 …
(引用終わり)
あさのあつこさん著「バッテリー」 面白いです! [読書するなり!]
最近、通勤電車の中でちょっとずつ読み進めています。
面白いです。
中学校に入学した天才投手・原田巧くんと、キャッチャー永倉豪くんの「バッテリー」。
単に、スポーツもの、というだけでなくて、中学生の生活のなかで、登場人物の複雑であったり微妙であったりする心理が活き活きと描かれています。
スポーツや部活を通じて人格形成、って簡単に言うけど(いや、一言で言えば「人格形成」が描かれているのだけれど)、それは、単に部活をやっていたら忍耐とかが身について立派な人間になるなんてものではなくて、色んな自我が色んな現れ方をして、それらの絡まり合いの中で、悩み、苦しみ、喜び、なんやかんやとしながら成長していくんだという、そういう本です。
野球好きではない人が読んでも十分楽しめます。
おすすめの一冊です。
Love,Peace & Green たりないピース2 (たりないピース (2)) [読書するなり!]
以前の記事 http://blog.so-net.ne.jp/h-m-d/2007-07-03 で紹介させていただいた,「たりないピース」の続編が出来ました。
2025プロジェクトhttp://www.2025.jp/pc/index.htmlというのがあって,2025年を目標に地球を持続可能な状態にする!というコンセプトで活動されているとのことです。私も賛同し少しばかり寄付させていただいたことの関係で,プロジェクトの方が本を送って下さいました。
これから読んでみるのが楽しみです。
この本のプロローグには,こう書いてあります。同プロジェクトの籠島康治さんという方の文章です。
(以下引用)
言いたいのは,お金を求めて競い合う社会は,地球温暖化という問題のない持続可能な社会,豊かで幸せな社会と根本的に矛盾するのではないか,ということ。「豊かさ=お金(GDP)」,本当にそう言えるのでしょうか。
豊かさや幸せって,なんなのか。いちばん大切なものはなんなのか。自分を救えなかったら,他人なんて,ましてや地球なんて救えるはずがありません。
(引用終わり)
「たりないピース2」の書評は後日書くとして,このプロローグの問いかけを受けて,今思っていることを書いてみます。
私は人類のこれからを考えるとき,やはり,いま,人類は生物の進化の中で,ある壁をぶち破りつつある,と思っています。
理系づいている今日このごろ [読書するなり!]
月9ドラマ「ガリレオ」の影響もあり、(実はその少し前くらいの時期から)、理系読み物が楽しくて仕方ありません。
「生物と無生物のあいだ」というのは、生命とは何か、生物とは無生物と何が違うか、という本質に迫ります。科学的面白さだけではなくて、文学的な表現の心地よさも手伝って、いろんな意味で完成度の高い良書です。
「相対性理論…」は、福山雅治ガリレオの影響で読んでいますが、これまた最高の娯楽読み物です。時間は絶対的な尺度ではない。時間と空間を統合した「時空」というものの考え方とか…。わくわくの連続です。
どちらの本も、高校時代の理科の選択科目が「地学」であった私でもらくらく理解できる、超入門書で、誰でも面白く読めると思います。
特に、月9ドラマ「ガリレオ」の湯川学准教授(福山雅治)と合コンをしたい女性の方は、「相対性理論…」のほうは必読だそうです。
そして、本を読んでさらに興味が尽きそうもないのは、
たりないピース 宮崎あおい・将さん [読書するなり!]
たりないピースのピースは,パズルのピースと,平和・平穏のピースをかけた言葉ですが,この本自体は「反戦平和」ということがテーマではありません。
テーマは,貧困と教育,身分制度…です。
冒頭に次のように書かれています。
(本より引用)
人間の欲望は無限です。しかし,それを支える地球には限界があります。
環境破壊,地球温暖化の進行,戦争やテロ,国家や宗教間の対立,貧富の差…
これらの問題は解決するどころか,むしろ拡大しつづけています。
有限な世界で無限に成長することは不可能なのです。
そこで生まれたのが「持続可能な成長」という考え方です。
前の世代から引き継いだ資源・環境・文化などの遺産を,
自分たちの幸せの追求に使いながら,次の世代にもきちんと引き継いでいくこと。
そのような視点から2025年の地球を想像するとき,私たちが追求すべき幸せってなんでしょう?
それはなによりもまず,貧困のない状態ではないでしょうか。
すなわち,生まれた場所にかかわらず,
全ての人が人間として最低限の生活を保障されていること。
そう考えて,私たちは「貧しさを知ること」を最初のテーマに選びました。
当職は「正義のミカタ」なりや!? [読書するなり!]
良書!~絶対にどこかは「何言うとるねん!?」と思う本 [読書するなり!]
読書というのはいいことですが,自分の考えを(内容的に)深める読書をしたいものだと思っています。
私が日頃心掛けているのは,「嫌いな人」「(自分とは考えが)合わないなあと思う人」の本を読む,ということです。そういう人の本を,そういう人がなぜそういうことをマジメに書くのかを考える,ということです。
逆に,こうなっちゃいけないと思うのは,
「戦後の自虐史観はいけねえ,だから,俺は『小林よしのり』『安倍晋三』『櫻井よしこ』『諸君!』を読みまくるぞ。」
とか,
「9条改悪はいけねえ,だから,俺は『高橋哲哉』『伊藤真』『赤旗』『世界』を読みまくるぞ。」
とかです(これ、読みまくっても同じです)。それでも何も読まないよりは良いのだと思うのですが…
あ、いやいや、自分の尊敬する人・好きな人の書き物を読むことの楽しさとか喜びは尊いと思うのです。私も、算数・数学教育の遠山啓先生の本などたくさん読みました。
でも,こういう読書だけでは,基本的に余り意味がないんじゃないでしょうか?気分に合う本(新聞,雑誌)をいくらたくさん読んだって「そうだそうだ」と思うだけで,別に自分の考えが変わることも深まることもなさそう。
精神衛生上悪いと言わず、むしろ「反対派」の書いたものを読みましょうよ!
そこで良書!↓

















