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成年後見シンポジウム 配付資料pdf [くらしと安全(交通事故その他)]

 2月25日に私が参加して行った成年後見シンポジウムの配布資料が,神戸市社協のHPにアップされていますので紹介します。

https://www.with-kobe.or.jp/wp-content/uploads/2017/03/H29sinpo.pdf

 障がい者の権利擁護の話(先日紹介したマーサズ・ヴィンヤード島の話,条約・新しい法律など)
 成年後見の実際問題について

など内容盛りだくさんです。

 興味のある方は上のリンクから参照していただければと思います。

神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹

書籍「インターネットにおける誹謗中傷 法的対策マニュアル」第2版~弁護士中澤祐一先生著 [くらしと安全(交通事故その他)]

 弁護士向けのマニュアル本を買って、読んでいます。
 とても勉強になる本なので、感想(★5つ!だと思います)を書きます。

 「誹謗中傷」なんともいやな響きです。
 ですが、インターネット時代に生きる以上、これも現実にあるリスクとして、対策を考えて生きていくしかありません。 


インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル<第2版>

インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル<第2版>

  • 作者: 中澤佑一
  • 出版社/メーカー: 中央経済社
  • 発売日: 2016/07/21
  • メディア: 単行本



 弁護士の仕事というのも、時々刻々と変化する世界の中で、新しく起こってくる「困った事態」に対応していかなければなりません。
 
 依頼する人は、普通は、「経験豊富な」弁護士に依頼したいと思うものです。
 ですが、必ずしもそうはいきません。
 特に、インターネットの分野などになれば、経験豊富の弁護士でも登録したての弁護士でも、どうしても「手探り」で進めなければならないものが多数あるからです。

 例えば、

ある会社の悪口をネット上の掲示板に書かれたことへの対処

というのも、比較的新しい課題です。
 少なくとも、この手の悩みが増えだした当初は、誰にとっても新しい課題でした。
 その中で、経験があろうがなかろうが、手探りで、ある弁護士は自分のインターネットの知識を活かしながら、ある弁護士はインターネットに関する基礎知識から自分で勉強しながら、また、「プロバイダ責任制限法」による請求や、裁判上の仮処分手続などの手段を活用して、解決を図ってきた、というのが2000年代以降のこの分野の話です。

 そうして、今、「手探り」状態から事件に取り組んできた弁護士の得てきたノウハウ・知識などの先進的な部分は、こういう風に「マニュアル」と題する弁護士用の書籍として出版されています。
 著者の先生がこれまでに蓄積してきたノウハウ・知識をまとめて記してあるほか、「よくある相談事例」に時系列的に対処していくケース解説など、インターネットに対して特別な知識を持たない多くの弁護士にとっても、非常に分かりやすい本に仕上がっています。
 
 私も、やはり、日頃おつきあいさせて頂いている企業の方、あるいは、個人でビジネスをされている方と話すと、多くの方がネット上での風評被害を意識されています。
 私も相談を受ければその都度色々調べてアドバイスや対処をしてきましたが、インターネット上の問題はそもそもグレーな領域も多く、もやもやの残る点がたくさんあったのですが、この本を読んで疑問が解消された点がありました(逆に、「ああ、やっぱりこの分野の第一線の弁護士から見ても曖昧な領域なんだ」と分かった部分もありました)。

 ネットだからと言っても、人の迷惑を顧みずに「言いっ放し」「書きっ放し」ということは良くないことだと思います。
 ただ、モラルの問題を訴えても、実際に起こったことに対処できなくては、害が続いてしまいます。

 そうそう、よくインターネットの「匿名性」と言われますが、この本では「インターネットには完全な意味での匿名性は存在しない」というのが法的対処を行ううえで一番重要な知識であると書かれています。
 簡単に言えば、ネット上で行動には必ず足跡が残る、ということですが、じゃあ、その「足跡」ってどんな形をしていて、どういう風にすれば見えるの?追えるの?という疑問にも、この本は答えてくれます。

 私も自分がこの種の相談を受けたときなどにこの本を活用しようと思いますし、また、弁護士以外の方でも、ネット上での困った書き込みに対してこんな方法があるということを知ることは良いことだと思います。
 
 (全く面識ありませんが一方的に)著者の先生に感謝したい一冊です。

 神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹



「医師と法律家によるTPP市民シンポジウム」(2/14 午後1時 兵庫県弁護士会) [くらしと安全(交通事故その他)]

http://www.hyogoben.or.jp/topics/pdf/150214symposium.pdf

 今週末も兵庫県弁護士会ではイベントがあります。

 TPPは、国民生活にものすごい影響を及ぼすと言われています。
 そのわりに、議論がなされていない。というより、判断材料が得にくい。

 ということで、医師の方にも協力をお願いして、企画しました。

 もっとも、TPPが重大な影響を及ぼすのは「医療」「司法」に限ったものではありません。
 が、ともかくも「法律家」以外にも来てもらってやろう、ということで、こういう形になりました。

 またまた、特にお近くの方で、興味がある、あるいは、ちょっと覗いてみてもよいかな、という方は是非お越し下さい。お待ちしています!

                                        弁護士 村上英樹(神戸シーサイド法律事務所

自賠責って何ですか? [くらしと安全(交通事故その他)]

 私は交通事故案件を多く扱っています。

 交通事故被害に遭った方が、しばらくして、保険担当者等と話する中で、

「自賠責で○円まで支払われるので…」

等と「自賠責」という言葉が出てくることがあります。

 ここで、

自賠責(じばいせき)って、自動車の教習所に通っていたときに確か聞いたけど、何だったっけ?

と思う方が多いようです(普段、事故に遭わなければ自賠責を意識することはありませんから。)


 というわけで、今日は、自賠責について、分かりやすく解説することにします。

 自賠責とは、「自動車損害賠償責任保険」のことです。

 法律によって、自動車および原動機付自転車を使用する際、全ての運転者に対して、加入することが義務づけられている損害保険です。
 「強制保険」とも呼ばれます。
 「強制」なので、基本的にみんなが入っているわけですが、損害の全部を賠償してくれるわけでは無く、一定の限度額までを賠償する保険です。

 

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スピード違反をする彼氏と付き合ってはいけない5つの理由 [くらしと安全(交通事故その他)]

 仕事で、交通事故の案件を扱うにつけ、スピード違反、特に暴走行為とも言えるスピード違反は憎い。
 
 殆ど何のメリットもなく、ただ、危険なだけ。しかも、取り返しのつかない結果を招く。

 かくいう私も若い頃は正直言って確かにスピードを出した経験がありますが、危険なだけですし、何か事を起こせば「若気の至り」では済みません。今では本当に「ダサかったなあ」とも思います。

 スピード違反は格好悪い、モテない、という共通認識をもっと広めたいと思います。

 というわけで、最近ネット記事でよく見かけるベタなスタイル「○○の彼氏と付き合ってはいけない○の理由」で、1つ書いてみました。

1 あなたの身が危険

 当たり前です。
 阪神高速(関東の人は首都高速に置き換えて下さい。)を時速120キロ以上で疾走することは、何らかの予想外のことが起これば、一巻の終り、です。
 一度タクシーでそんな運転手がいて、真剣に怖かったので、「すんません。悪いけど、私、スピード怖いんで、ちょっとゆっくり目でお願いできますか。」と言いました(けど、ドライバーに、スピード落とせって言いにくいんですよね。これ本当に。)。
 事故に遭えば、命が助かったとしても、一生残る後遺症を負う恐れが極めて大きいです。

2 他人の命を奪う恐れ

 死亡事故や重大事故の「加害者」になって、その後の一生を送ることを想像したことがありますか?
 事故の加害者になっていなくても、「ひやり」「はっと」の経験がある人は多いのではないでしょうか。私もあります。「あのとき人を撥ねることにならなくて本当に良かった」という経験はあり、それを思い出し、幸運だったと思うと同時に、もし事故に至っていたらと思うとぞっとします。
 あなたが運転していなくても、同乗中の彼氏が死亡事故を起こしたらどうでしょう。
 加害者同然の気持ちになるはずで、その気持ちはきっと一生消えません。

3 彼氏の「威力信仰」が怖い 

 若い人のスピード違反には、重症のものと軽症のものがあると思います。
 単に、危険性がわかっていないだけ、くらいのことは軽症です。分かれば治ります。
 ですが、重症の人は…
 スピード違反を平気でする、むやみにスピードを出すことにこだわる彼氏は、外に向けて「威力」を示すことで、自分のプライドを保とうとする傾向があるのかもしれません。
 もしそうだとすると、場合によっては、その「威力」があなたに向かってこないと限りません。
 ちょっとした口論で、あなたにプライドを傷つけられたと感じたなら、彼氏は腕力で上回るという優位を振りかざしてくる、ということも簡単に想像出来ます。

4 他力に頼った自信過剰、自己満足
 
 若い人のことを考えると、私は、自信がないよりは、自信過剰くらいのほうがよいと思います。
 
 ですが、車のスピードは自分の実力ではありません。

 スピードを出しつつ事故を起こさず運転をするというのには確かに技術が要りますが、もちろん、ギリギリのところで勝負をするなどというのは、ゲームでもない限り、決してやってはならないことです。

 現実に、あらゆる危険をまき散らしながら、レーシングゲーム感覚で「自分はデキる」快感を得ているだけだとしたら、「自分を真っ直ぐ見つめて、一歩一歩成長させること」というごく真っ当な姿勢から程遠いといわざるをえません。

 横にいるあなたをさておいて、そんな程度の低い快感に酔っているなんて、あなた(彼女)に対して失礼です!

5 彼氏のあなたへの愛は本物?

 1で書いた通りですが、あなたとのドライブ中に制限速度を大幅に上回る運転をするとしたら、それは、彼女を身の危険に晒している行為にほかなりません。
 いくら、かっこいいスポーツカーでドライブに誘ってくれたとしても、そのような行為が、果たして愛なのでしょうか。
 「かっこいいスポーツカーで、彼女を横に乗せてみたい」
 ただそれだけかもしれません。あなたでなくても良いのかも知れません。

 でも、愛が本物なのかどうかは、微妙な問題ですから、見た目で一概に「偽物」とも決めつけられません。

 なので、確かめて下さい。
「私を愛しているなら、スピード違反はやめて。」
と真剣に伝えてみて下さい。
 それでやめない彼氏の愛は、やっぱり偽物でしょう。

 逆に、そう伝えられて、きっぱりスピード違反をやめる彼氏は立派です。
 「過ちをただせる」男性です。
 誰でもそうですが、その時点での考えや在り方の間違いなんていくらでもあります。それに気づいて自分で直せるかどうかが、大切です。
 あなたの声に耳を傾けきっぱりスピード違反をやめた男性は、あなたを愛しているし、その後も成長できる男性でしょうから、永く付き合うことを考えてもよいでしょう。



 以上、まあ、私もそうでしたが、若いときはとくに「目立ちたがり」の傾向が強いものですから、スピードへの憧れは分からないではありません。
 ですが、そのような「ゲーム感覚」でのスピードへの憧れと、実社会での自分の行動は分けて考えないと、大人ではありません。
 もちろん、大人でなければ車を運転してはいけません。
 どうしても、超スピードを体験したい場合は、各自動車メーカーが、安全のために、サーキット場などを借りて、緊急事態(スピン状態など)の体験イベント等をやっている場合がありますので、それに参加するとよいでしょう。

 自分の体験でも、男同士で話しているときは、スピード出してカッコイイみたいなノリの会話を二十歳ころにはしたことがあります。今の時代も同じ、「スピード自慢」トークは、ボーイズトークでは存在するのでしょう。
 が、はっきり言って、私がこのような記事で言うまでもなく、すでに、ガールズトークでは、容赦なく、「スピード超過の彼氏」は酷評されているはずです。だって、横に乗る彼女に何のメリットもないですから。

 というわけで、

スピード狂の彼氏はモテない!! モテたければ、一刻も早く、大人の運転マナーを身につけるべし!!

なのです。

 スピード違反常習の人は、今からでも全く遅くないので、運転を変えてみてください。
 あなたの人生にも他人の人生にも確実に良い影響があります。それは目に見えてなくても、確実にありますから。

                               村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所

どの程度の認知症が後見相当か? [くらしと安全(交通事故その他)]

 先日、私が属している成年後見問題に関する研究会に行ってきました。

 認知症について医師の方からのお話しを聴くのがメインでした。

 認知症の診断についての具体的なお話しや、成年後見に関連して、本人の家族から成年後見申し立てのための「診断書」を書いて欲しいと頼まれたときの医師の立場や、家庭裁判所から成年後見に関する「鑑定」を依頼されたときの実際など、知りたかったことがたくさん聴けました。

 さて、ここからは、法律家の領域の話になります。

 成年後見制度についてよく質問されるのが、タイトル通り、

「どの程度の認知症(あるいは知的状態)になれば後見になりますか?」

ということです。

 この程度というのを判断するのに数値があれば一番よいということで、いわゆる「長谷川式」(改定長谷川式知能評価スケール。HDS-R)などの認知症の簡易評価テストなどが着目されたりします。
 このテストは、3つの言葉を覚えて言えるか、100から7をどんどん引いていって答えが言えるかなどの、幾つかの質問をして点数を出すものです。

 この「長谷川式」の点数というのもそれなりに重要な要素ではあるのですが、ただ、「成年後見の状態かどうか?」という判断そのものは、点数によって決まる、というわけでもありません。

 
 最高裁判所が医師向けに発表した「新しい成年後見制度における診断書作成の手引き」(2011)によれば、成年後見制度の3段階(重い方から、後見、保佐、補助)について、次のように説明されています。

A 後見  自己の財産を管理処分できない程度に判断能力が欠けている者、

すなわち、

 日常的に必要な買い物も自分ではできず誰かに代わってやってもらう必要がある程度の者。  

B 保佐 判断能力が著しく不十分で、自己の財産を管理・処分するには、常に援助が必要な程度の者、

すなわち、

 日常的に必要な買い物程度は単独でできますが、不動産、自動車の売買や自宅の増改築、金銭の貸し借り等、重要な財産行為は自分では出来ないという程度の判断能力の者。


C 補助
 判断能力が不十分で、事故の財産を管理、処分するには援助が必要な場合があるという程度の者、

すなわち、

 重要な財産行為は、自分でできるかもしれないが、できるかどうか危ぐがあるので、本人の利益のためには誰かに代わってやってもらった方がよい程度の者。 

 以上のような基準です。
 数値のようなはっきりした目安はないのですが、具体例に即しているので、分かりやすい基準とも言えます。

 ただ、では、「日常的に必要な買い物も自分ではできず誰かに代わってやってもらう必要がある程度の者」という状態の境界線はどうなるのか?といわれれば、相変わらず曖昧です。

 極論すれば、境界線付近においては、医師各自の判断で診断書を書いても良い(というか、そうするしかない)、ということになります。 

 ここも、真面目に考えすぎると「そんなことでいいのか?」ということになりますが、私は案外これでいいと思っています。

 つまり、診断書を作成する医師が、本人のためにこれがよいと思ったことが書けるという仕組みは、例えばテストの数値だけで決めるような杓子定規な基準設定よりもずっと良いと思います。
 例えば、境界線近くかもしれないが、医師が、自分の判断では「日常的に必要な買い物も自分ではできず誰かに代わってやってもらう必要がある程度の者」と考えて、「後見」として一番手厚い保護を受けられるようにするのが、本人や家族の幸せのためになると考えれば、そのように書いても良い、ということはそれはそれでいいと思います。
 いい加減という意味ではなくて、アナログ的な要素も含めた総合判断を許容した方が、実際に良い運用が出来ると思うからです。

 現実に、認知症が進むのと本人さんの法的保護という問題は、時間の争いという面があります。
 厳密さを要求する余り診断書作成に何ヶ月もかかってしまうと結果として、家族の個人的負担ばかりが続くことにもなります。

 確かに、お医者さんの立場で、「どっちでもいいといわれたら余計に困る。明確な基準を示してくれ。」と言われる方もおられると思いますが、私は、医師ほどの立場ともなれば、必要な場面では自分の「腹」で、目の前の人の幸せにとって何がよいかを自分の責任で決断していただくことは一種の責務ではないかな、と思います。
 というと、医師の方は、「診断書について、そんな軽く要求されては困る」と言われるかもしれないのですが、これは、医師の診断を軽く見ているという意味では決してなく、医師の方の能力や職業倫理を信頼して、裁判所が診断書の作成をこのような方法でお願いしている、ということだと思います。

 診断書だけで決まるわけでなく、家庭裁判所のチェックも入るし、やはり微妙なものには改めて家裁が「鑑定」を命じて再チェックするという仕組みも用意されています。


 さて、上記のような基準からすれば、実際的には、認知症の親などをかかえる家族としては、医師に成年後見申立用に診断書を書いてもらうときには、長谷川式などの簡易テストを実施してもらうということの他に、

日常の本人さんの生活の状況についてできるだけ具体的に正確に医師に伝える

ということも大切だといえるでしょう。

 そういう日常の実際の状況も含めての総合判断をしてもらうことが、本人さんにとっても家族にとっても、医師から適切な診断書を書いてもらえて、家庭裁判所での成年後見開始の審判などでの判断にも良い影響を及ぼすことに繋がるからです。 

                                村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所

「超高齢社会におけるホームロイヤーマニュアル」(日本加除出版) [くらしと安全(交通事故その他)]


超高齢社会におけるホームロイヤーマニュアル

超高齢社会におけるホームロイヤーマニュアル

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 日本加除出版
  • 発売日: 2012/12
  • メディア: 単行本



 最近購入した本です。
 
 「超高齢社会におけるホームロイヤー」って何だろう?ということなのですが、簡単に言えば、「かかりつけ法律家」ということで、高齢になってきて自分の身のまわりのことや財産のことなどについて、継続して、弁護士に目配りをしてもらったり、相談したり、そういう風なことができる態勢のことです。

 「顧問契約」の個人版、この場合、特に高齢者向けの個人「顧問弁護士」ととらえてもよい、と思われます。

 従来型の「事件があってはじめて法律事務所の門を叩く」という在り方とは違う、現代的な、弁護士による依頼者への関わり方(スタイル)の提言を含んだ本です。
 「超高齢社会」、つまり、高齢故に法律家の援助が必要な状態が増えていることに対応して、ということです。

 虫歯にたとえても、歯磨きをして虫歯を作らないことが大事なのであって、私も常日頃思うのですが、「トラブルを未然に防ぐ」こと、「予防法学」と言ったりもしますが、そういう考え方は非常に大事です。
(以前の記事 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2011-06-13 。 事務所HPでの私のコラムhttp://www.kobeseaside-lawoffice.com/staff/723/ などでも書きました。)

 この本に書かれている「ホームロイヤー」の在り方はこうです。
 継続的に弁護士と契約をして、次の3点を中心とした支援を受ける、というものです。

1 定期的な見守り
 たとえば、弁護士側から月1回電話をして「何か、お変わりないですか?」と尋ね、訪問も例えば1~3ヶ月に1回など、必要な頻度で行うなどです。

 普通ならば、事件を弁護士に依頼するときは、もちろん、弁護士から電話がかかってきたりしません。
 用があれば自分から弁護士に連絡を取るしかないし、むしろ、頼みもしないのに、弁護士から「トラブルありませんか?」などと電話がかかってきたら気持ち悪いのです。

 ですが、高齢になって、たとえば悪質商法被害に自分も遭いかねない、判断力も徐々に衰えているし、という状況で、あらかじめ自分の信頼する弁護士に「月に1回電話してね」という形をつくっておくのは、確かに、安心かもしれません。
(実際に、悪質商法被害などでは一旦お金を払ってしまった後は取り返すのが難しい。契約書にサインしてしまっても、金を払う前ならば、何とかなる確率が格段に大きいです。)

2 法律相談を含む、生活上の様々な悩み事の相談
 法律問題に限らず、気軽に相談できるように、ということがこの本には書かれています。
 
 そうですね。
 まず、自分の相談したいことが「法律問題かどうか」さえ、一般には判断つきにくいし、ましてや、現役を退いた方ならばますます判断つきにくくなっていくものです。
 
 これ、私も反省することがよくあるのですが、「それは法律問題ではない。私の守備範囲ではない。」ということがあって、それを伝える必要がある場合もあるのですが、そのときに、相談を持ちかけた方が「問いかけた私が愚かだった」という気持ちにならないように配慮することが必要です。
 
「まあ、ともかくも、何でもまずは相談してみてくださいよ。もしそれで、その結果、法律問題でない、ということが分かれば、それはそれでまた違う対処方法が見えますから。それだって、弁護士に相談する1つの効用ですよ。」

というメッセージを発しておきたいところです。

 この本のことに戻りますが、この本も、こうして法律問題に限らず相談を受ける(もちろん、解決できるとは限らないけれども)ことで、「心を開いてもらう」、それによって、依頼者の置かれた状況をより正確に話してもらえる状況をつくることの意味が大きい、という論調で書かれています。

3 ライフプランノートの作成

 これは、ホームローヤーとして弁護士が高齢者を支援するための各種メニュー

遺言
財産管理
生活支援
リビング・ウィル(生前の意思。例えば、延命治療を希望するか否かなど。)
死後事務
親亡き後の財産管理
事業承継
など

を検討するにあたって、必要な項目を一覧にしたもの である、とのことです。
 本人さんの意思などもしっかり確認して記録にしておく意味もありそうです。
 
 チェックリストのようなもので、一種の定型をつくることによって、事実関係の確認漏れを防ぐ、ということが期待されます。
 
 私は、マニュアル的な対応にとらわれたくない気持ちが強いですが、そうはと言っても、自分が事実関係のチェック漏れを一切起こさないなどと考えるのは間違いの元なので、このような「チェックリスト」があるのは有り難いことで、有効だと思います。


 このような支援を受けるとして、もちろんタダではありません。
 この本では
「ところで、ホームロイヤー契約の報酬は、月額報酬が基本である。月額報酬の金額は、5,000円~1万円程度が適当と考えられる。ただし、架電又は面談の頻度によって具体的な金額は増減する。 (中略) なお、相談にとどまらない特別な法律事務については、別途弁護士報酬と実費が発生する旨をあらかじめ定めておく。」(18頁)
と解説されています。
 必要なければ月額報酬を払う必要もないのですが、仮に、月に例えば1万円程度を支払っても、上記のような支援を受けるほうが安心だ、という状態であれば役に立つ契約スタイルだと思います。

 
 というところで、私の事務所の仕事としても、現在も、成年後見申立の代理や成年後見人の仕事などはしているのですが、この本にあるような高齢者向け「ホームロイヤー」契約、あるいは、それと同等の支援の仕事をすることも、依頼されようとする方の望み・幸せに合致するならば積極的にやっていきたいと思います。

 まあ、「ホームロイヤー契約」という洒落た名前ではなくて、実際には、ときどき気軽に法律相談を活用して頂いている高齢者の方(依頼者)も結構おられ、この本で紹介されている高齢者向け「ホームロイヤー」に近い支援をさせて頂いていることも既にあります。
 これはまあ、最近に始まったことではなく、昔から、というところです。
 その場その場での柔軟な対応でやっていることで機能しておれば、それが一番、とも言えます。
 
 でも、この本の紹介する「ホームロイヤー契約」という一種の「型」ができることによって、今まで、弁護士と全く知り合いではなかった方などでも、アクセスしやすくなり、また、「こんなこと頼んでいいのだろうか?」という迷いも少なくなって、法的支援を受けられるようになるなら、意義のあることだと思っています。

                                   村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所


 

「Silent War 見えない放射能とたたかう」(今中哲二さん) [くらしと安全(交通事故その他)]


Silent War 見えない放射能とたたかう

Silent War 見えない放射能とたたかう

  • 作者: 今中 哲二
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/11/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 京都大学原子炉実験所助教の今中哲二さんの本です。
 今中さんにはお会いしたことがあります。

 一昨年、兵庫県弁護士会で行った集会を含めて2度お会いしました。

 京大原子炉実験所の小出さんと仲間の方です。

 私は、今中さんについては、大変信頼できるという印象を持っています。

 この本も、

今の科学で分からないことは分からない

分からないものに対してどのように対処するか

という視点で書かれています。

 放射能について「『怖い、怖い』とふくらませた話に、みんなが飛びついてしまうのも、それはそれで問題である」としつつも、「直ちに健康に影響がない」からといって安全などという決めつけは許されないことを述べておられます。

 今中さんは、小出さんとともに、世間的には反原発の最先端と言われていますが、あくまでも、科学者としての立場を守って、はっきりいえることとよく分からないことの区別をしっかりした上で、原発、放射能についての意見を書かれています。

 小出さんが福島事故の前に書かれた本も読みましたが、小出さんも、利己的に「放射能はイヤ」などという立場は決してとっておらず、「既に世界はある程度放射能に汚染されている」という前提のもと、「自分は敢えて汚染された農作物を食べる。なぜなら、そうしなければ、原発の恩恵も受けていない国の弱い立場の人が食べさせられることになるから。それは不正義だから。」という信念を述べられていました。

 確かに、たとえ、利己的な動機であっても、不当なものを我慢せず、「私は、納得いかない放射能被害を受けるのはイヤだ」と声を上げることは、それをしないよりはよい、と思います。

 ですが、それに終わらず、多くの人の考えがその先に進まなければ、根本的には原発問題を解決することができないと思います。
 つまり、自分の立場(例えば消費者としての自分)だけではなくて、社会全体、産業などをどうするか、電力についてどうするか、ということに目を向けて、その上で、多くの人が納得できる道筋をつけなければ、原発の危険を実際に取り除くことは実現しないだろうと思います。

 そんなことを考えさせられました。
 
 原発事故からある程度経っていることもあるかもしれませんが、今中さんの筆致には気負いがありません。

 例えば、福島の現状について、自分が福島で仕事をして暮らしているならば、たぶん、今の放射線量ならば住み続けるだろう、ということを述べられています。
 ただ、孫がいたらどうするか、は難しい問題で答えに困る、と述べられています。
 
 自分は「反原発」であっても大袈裟なことを言わず、正直な感覚を述べよう、という姿勢が現れており、この部分からも信頼できる印象を持ちました。

 気負わないのは、自信の現れ、とも感じられます。

 翻って、自分も原発に限らず、何かの点についてハッキリした意見を持っていて、それを強く言いたいときでも、「自分に都合良く言う」とか、自分に都合のいい材料を「大袈裟に言う」とかするのではなく、今中さんのように、気負わず、ハッキリ言えることと分からないことは区別して、理路整然と、理があると思うことを確実に述べればよいのだ、ということを意識した方がいいな、と思いました。

                        村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所

兵庫県弁護士会 集会「原発と知る権利」(斉藤貴男さん講演) [くらしと安全(交通事故その他)]

 明日、兵庫県弁護士会では、斉藤貴男さんの講演を中心とした集会をします。(このブログではお知らせが前日になってしまいました。もっと早くに書けば良かったのですが、すっかり書くのを忘れていました。)

 原発について安全・危険に関する情報がちゃんと国民が知ることができる状態にあるのでしょうか?というテーマです。
 民主主義の前提問題です。

 お時間おありの方は是非ご参加下さい。



http://www.hyogoben.or.jp/topics/pdf/121117kenpou.pdf

 場所 兵庫県弁護士会館本館4階
 時間 午後1時半~4時頃まで

です。

                                       村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所

 

関電の全原発が停まる。 [くらしと安全(交通事故その他)]

 もうすぐ、関電管内の全原発が停まりますね。

 この記事を読まれている方にも、色んな考え方、立場の方がいらっしゃると思います。

 しかし、それを超えて、ここ何十年か関電管内で原発が一基も動いていないという瞬間はなかったけれど、そういう状態が訪れるということそのものは、特別なことです。もちろん、大地震・原発事故、深刻な被害のせいでこうなったのですから、とても残念なことです。
 
 
 ただ、何事も、頭の中で想像するのと、実際にそうなっているのとは大違いですね。

 「もし原発が停まってしまったら」というのと「現に停まっている」のと。

 「現に停まっている」を前提に、「再び動かすのか」「もう動かさないのか」「できるだけ動かさないのか」を、自分のこととして国民みんなで考えていきたい、という風に思います。

 放射能の問題は、その影響がどこまでか本当のところ分かっていない、というところが重要だと私は思います。
 余りな言葉で危険を煽り立てるような週刊誌の見出しは、「本当に、人の安全という視点で記事を作っているのか?」と逆に疑ってしまいます。
 ですが、綺麗な言葉で「正しく恐れよう」というコピーにも、はっきり言って、色んな人が共存して生きてる中で、仮に「『正しく恐れる』態度はこの態度」というスタイルが存在したとしても、それをあらゆる人に要求するのは現実問題として不可能でしょう、といわざるを得ません。
 私は、「人心を混乱」させているのは、本質的には、放射能の危険をあおる言説などではなく、放射能について本当のところよく分かっていないことが多い、という要素でしょう。

 それが証拠に、いわゆる教養レベルが高いとされている人が、「1msv/年程度の被曝ならば、くよくよせずに、(抵抗力を失わないため)楽天的に暮らしておればよい」という説明を、一応受け容れたとしましょう。「頭」では。
 でも、その人の家族に妊婦や乳児がいたとしたとき、もし、その人に被曝の心配がない地域に引っ越すだけの条件(お金など)が十分にあったら、「1msv/年程度の被曝ならば、くよくよせずに、楽天的に暮らしておればよい、という説明は分かったけれど、やっぱり、気になることは気になるから、引越(疎開)しておこう」となるものではないでしょうか。「心」はそう動いても不思議ではないでしょう。

 そして、本当のところ、上の人の「頭」と「心」のどっちが正しいかは??です。また、被曝量がその人にとって「1msv/年」という前提自体だって、色んな要素が絡まり合い、本当のところ怪しいかも知れません。

 きっと、生きているというのは、放射能問題に限らず、「よく分かっていないこと」の上に成り立っているのだと思います。
 安全か、危険かも。インフルエンザのマスクの効果一つ取ったって、考え方は人それぞれ。
 それに、例えば、私はスキーなど大好きですが、結構危ないスポーツです。
 だから、他のリスクと比べて放射能問題が特別ではない。
 これ自体は、論理的に正しそうです。

 でも、現実に、人は、放射能問題は特別に考えている、それはどういうこと?

 他のリスク要因と比較したとき、放射能リスクは、人の心からして、受け容れられていない、とも言えるのではないか、と思います。
 
 もし、「電気を享受してきたのに、リスクは受け容れないなんておかしいじゃないか」などと理屈で言われても、心が「受け容れない」ものをどうしようもないのではないか、という気がします。

 じゃ、将来、「放射能リスクを、この範囲では受け容れよう」という人々の合意ができるのでしょうか?「えらいさん」の世界での合意ではなく、庶民1人1人というレベルでの合意という意味で。
 私は、難しいと思います。でも、それが無理なら…、という気がします。


 原発問題は、絶対の答えがある問題ではなく、人々が決める問題だと思います。

 が、私としては、

・ もし、仮に日本で事故の危険が1000年に1度(今回の大津波?)の確率である、というのならば、私の一生を仮に80年と見積もっても、「12.5分の1」の確率で国の原発事故による被害に影響される、というのだから、それは受け容れられない。怖がりな?私にとって、この確率は高すぎる。

・ 原発をフル稼働させなければならないほどのスピードでの便利さの追及は、私はいらない。幸せのポイントは、きっと違うところにある、という気がするから。

・ 原発に人が関係する以上、私が避けたいと思う放射能被曝を誰かが(作業する人などが)受け容れている。そのことを、今まで余り気にしなかったけれど、一旦気になってしまったので、もう気にしないことには出来ない。

・ 核廃棄物の処理について道筋がちゃんとできていないのでは?

・ 脱原発で心配なのは、国際的経済競争に対して日本が立ちおくれてしまい、私たちの周りが貧しくなり、幸せでなくなること。でも、この言説は本当?仮に、当たっている部分があるとしても、これはより本質的には「脱原発」だけでそうなるというものではないのでは?もっと大きな要素によって決まる部分が大きい問題では?

・ そもそも原発は安いのか?(今の時点で見積もって)

という風に今のところ思い、「脱原発」を望むし、きっと、スピードはどうなるにせよ日本はその方向に向かうだろうと思います。そのスピードが、次なる原発事故よりも速くあるように、と思います。
 
 私は、科学の歩みそのものは愛しています。純粋にわくわくする気持ちもあります。だから、核「融合」炉(今の原子炉よりも遙かに大きなエネルギーを生む可能性がある。但し、制御がもっと難しい。)だって、現実のものになったらいいなあ、という気持ちもあります。
 なので、それへの歩みも続けて欲しいと思っています。
 でも、1人1回しかない人生(命)との優先順位は間違ってはいけません。
 だから、危険のない範囲で、その歩みをすすめていってほしい。大学の実験炉等で、絶対周囲に危険が及ばない範囲でやってほしいです。実用化まで何百年かかってもいいですから。

 結局、イケイケドンドンの時代ははっきり終わり、これからは、もっと丁寧に、人の命や心と寄り添いながら色んなことを進めていく時代に入っていかなければならないのでしょう。(本当は、そのことを、私も含めこの国の割と多くの人が、心では大分前から感じていたのでは?)

 というようなことを、「原発が停まる」ニュースに思います。
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