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灘校土曜講座(有権者教育)行ってきました [だから,今日より明日(教育)]

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 6月3日(土)に,私の母校である灘校(中学,高校あわせて灘「校」と呼びます)に,

有権者教育 タイトル「有権者となる灘校生の歩き方」

として90分授業に行ってきました。
 
 兵庫県弁護士会の憲法出前講座です。

 昨年は,神戸鈴蘭台高校で全校生徒900人対象の有権者教育の講座を行いました。
 そのときの記事→ http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2016-12-16

 今回,灘校では,受講希望者約30名に対する講座ということなので,全校生対象だった神戸鈴蘭台高校のときとは,また違ったコンセプトでやってきました。

 その模様を紹介したいと思います。

1 18歳になって初めての選挙には「行く」が8割
 灘校土曜講座というのはいわゆる「総合学習」の位置づけで,国語,英語,数学などの教科にとらわれず幅広い分野の講師が来て,生徒が興味に応じて選択制で受講する講座です。

 わざわざ「有権者教育」を選択した,という生徒さんは,元々,政治に対する関心が高い人が多かったようです。
 日頃から池上彰の本を沢山読んでいる,という生徒さんもいました。

 手を上げてもらったら8割強が最初の選挙に「行く」との答えでした。

 「行かない」という答えの人もいました。
 
 その理由は,

「国の行方を左右する一票を投じるに足りる,知識・考えを自分が持っているかの自信がない」

というものでした。
 そこで,


2 「正しい選択をする自信がなくても投票に行っていいのか?」

 この問いも考えてもらいました。
 
 できるだけ「正しい選択だ」と自信が持てるように勉強する姿勢は大事だろう。
 しかし,どこまでいっても「完璧」はないだろう。
 どうする?

「政策のうち自分は何を重視するか?で決めるのでよいのでは」

と,ある生徒さんの意見。

 確かにそうです。
 例えば,沖縄の選挙では,これまで多くの選挙で,「基地問題(生活の平穏)」か「経済」を重視か?が争点になる,と言われてきました。

3 「彼なりの理由」を考えよう!~ドラゲナイな見方を

 政治問題では,意見・立場が対立するように見えることがある。

 例えば,

自民党(支持者) ←→ 民進党,共産党(支持者)
「基地反対派」  ←→ 「基地賛成派」候補に投票する人

の物の見方としては,相手のことを「敵だ」とか「馬鹿ではないか」という風に見る人もいる。
 そんな物の言い方をする人もいる。

 しかし,

(自分にとって)「嫌いな彼」のことほど 「彼なりの理由」を考えてみて下さい
という話をしました(このキーワードはsekai no owariのDragon Nightから。曲名から,この記事では,この物の見方を「ドラゲナイな見方」といいます)。

 それは他者への「想像」ということなのですが,単に,相手を思いやって優しくするということではありません。
 
 そのほうが自分にとってプラスになるし,自分の考えに発展性ができる,という話です。

 政治の場合は,自分と反対の考えの人にも必ず,その人たちが「大切にしたいもの」があるのです。
 それを考えると,

反対派の「大切にしたいもの」は自分も共有できる

と分かったり,

反対派と自分との考えの「分かれ目」(本質的な違い)はここにある

というのが見えてきたりします。

 また,自分の意見を多数の人に支持してもらいたいならば,

賛成してもらえない理由

を知り,「賛成してくれない」人たちに届く言葉を探る必要があるでしょう。

 
 「彼なりの理由」を考える,ドラゲナイな見方ができることが,政治を考える上で飛躍的に自分の考えの幅,深さを広げる鍵だと思います。

 
4 民主主義,政治に「ストレス」はつきもの 
 
 生徒さんから,こんな話も出ました。

「自分にやりたいことがあって政治を志す,とする。
 政党に入ったら,党の方針に従わなければならない。
 自分の意見と違っても。
 そうなると,『やりたいことがあって政治の世界に入った,政党にも入った』のに『やれなく』なってしまう。
 そんなことは耐えられない。」

 よく分かります。
 私も元々,一匹狼気質が強かったので,本当に分かります。

 こうお話ししました。

「あなたのような人こそ,むしろ,政党に必要。
 唯々諾々と従うだけの政治家の集まりの政党であれば,質も悪くなり,いずれ弱体化する。」

と。

 政治は「善王の絶対王政」がいちばんスッキリして良い政体なのですが,善王の次に暴虐な王が現れれば人権も何もなくなってしまいます。

 それでは困るから,よりましな制度して民主政治があり,それは1人1人違う考えを持った人間が沢山集まって国の方向を共同して作ろうとする以上,どうしても「ストレスフル」になる。

 
ストレスと付き合いつつ,

腐らず(いや,腐っても,一休みしてまた動き出して)

やっていくのが政治,というもの

とお話ししました。

   
5 今回は「投票に行こう!」とは言わなかった  

 政治参加について,灘校OBの国会議員,県知事,市長を紹介しました。

 県知事は,三重県の鈴木英敬知事(私の一年先輩)や新潟県の米山隆一知事(私のかなり先輩?)。
 政策,立場もそれぞれですが,お二人とも全国的にも注目の知事です。

 また,今年の兵庫県知事に立候補を表明している勝谷さんの話もしました。

 
 政治参加には色んな段階がある。


立候補

政治活動    立候補者の支援  何らかのテーマを実現するための運動

投票      国民の5割超

なにもしない  だが税金は確実に取られる…
        稼ぎが多いほど払う税も大きくなるので,「使われ方」が気になるかも

 
 どの在り方を選ぶのも自由。
 自分の職業や生活の中で,自分にとってちょうどよい政治への関わり方(時間,エネルギーの使い方)をすれば良い,と話しました。
 
 政治に生活の大部分を捧げるもよし

 (本業とともに)週1回あるいは月1回の活動を継続するもよし 

 (そこまでの時間も割けないので)選挙のときだけ投票するのもよし

 「税金は払うが口は出さない」もよし

ですよ,と。
 
 
6 少数意見の尊重は灘では「当たり前」だった!?
   
 私は,表現の自由(憲法21条)の民主政治における意味として,

少数意見を大切にすること

は強調しよう,と思っていたのですが…

 しかし,生徒さんに聞いてみたら

「少数意見を尊重するのは当たり前やん」

という感じの反応(「当たり前やん」とは言っておられませんでしたが)。

 これは,私としたことが,うっかりしていました。

 灘の校風は今も健在,伝統の雰囲気,

とことん個の尊重 少数派でも,マニアックでも,むしろその方が面白いとされる世界

というのを思い出しました。そういえば,そんな環境だから今の私に育ったのでした。

 何も言うことはなかったのですが,一言いうならば,

「大人になって忙しくなっても,今の姿勢を大切にして下さい」

というくらいのものでした。


7 圧巻は「政治課題の討論の仕方」

 原発政策について議論してもらいました。
 それを通じて,政治問題を議論するとき,どういう視点が大切かも。

 まず,

客観的事実を確かめよう
という点。

 たとえば,原発について議論をするとき,前提事実,原発の仕組みや,電力の需要・供給のデータ,他の発電方式(火力)などの特徴について,より正確な知識を持たないと議論がおかしくなる,という話が出ました。
 正確な知識を持たない状態では原発政策についても「こうだ」と言うのが難しい,と。

 考えが人によって分かれる部分以前の,誰がどう考えても正しい事実を確認すること。

 しかし,

「それだけじゃあ,政治問題の答えは出ない,解決できない」

というのが生徒さんの発言から。

「客観的事実は大切だが,そのうえに,『主観』,つまり,それぞれの当事者の感じ方の違いの要素も政治テーマを考える上では大切だとおもう」
 
本当にほぼ↑のとおりの発言。これが高校生です。

 これを受けて私から。
 たとえば,福島県内の被爆については,家族内でも,地元で一生懸命仕事をするお父さんと,乳飲み子を抱えたお母さんとで,「感じ方」が大きく異なるケースがある。母子のみ避難ということも多い。
 家族内で「感じ方」の違いが露わになること,これはより当事者にとって大変なことに違いないと思う,という話もしました。


 文系志望の受講者が多かったのでしょうか。

 客観的正しさ + 主観面(人々がどう感じるか,納得するか)

ということが政治など,多くの人が関わる問題では「外せない要素」になることが,私が説明する前に,生徒さんから出てきたのでした。


 また,原発政策も一例ですが,
「真の国民の願いが多数派を形成しているとは限らないのではないか。
『多くの票を持つ』団体の力などによって,政策決定が歪められることもあるのではないか。」
との意見も。
 まさに民主政治のプロセスにおける重要な課題です。

8 終わりに
 
 政治に興味があれば,政治に関わってもらいたい。


与党サイドでも 野党サイドでも  現に灘OBはどちらでも活躍している

あるいは「第三極」でも
 
それはどの方向でも,皆さんが思う方にいけばいい。
 

 また,皆さんが就く仕事が政治家ではなく,医師,学者,弁護士,会社員,ミュージシャン…何であっても政治に関わることはできる。

 どんな立場でも,

「嫌いな彼」の「彼なりの理由」を考える「ドラゲナイ」な見方

を大切にすれば,見えてくるものがたくさんあるだろう。

 それができる人こそが,何党にいても頼りになる人になるはずだ。

 政治家でなくても,そういう人が多ければ多いほど,国民の政治選択はより中身のある,幅のある,深みのあるものになるだろう。

 そうなってほしい。

 という趣旨のお話をしてきました。

 受講者の感想文には,
「面白かった」
「政治に対する興味が増した」
という感想がありとてもうれしいことでした。
 
 一方で,
「自分も言いたいことがたくさんあったのに発言できなかったのが残念」
「もっと多くの生徒に発言させて欲しかった」
という意見ももらいました。
 これは,すみませんでした。
 こういう意見を書いてくれるほどの積極性は,良い方向での誤算でしたが,それにもっと応える組み立てができれば良かったと反省しました。

 
 灘は中学入試でも高校入試でも入試科目に「社会」がありません。
 医者になる卒業生,理系に進む人が多く「社会」に興味がないのか?と思われがちです。

 しかし,「社会」に関心が高く,一生懸命考える力に溢れる生徒さんが沢山いることを目の当たりにし,とても頼もしく思った一日でした。
 私にとっても得がたい経験となり,生徒さんにも,講座のオファーを下さった学校,先生方にも心から感謝しています。