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ドーハの悲劇 [スポーツ!!]

 
サッカー日本代表 vol.3(1993ー1994―世界への挑戦 ドーハの悲劇 (ベースボール・マガジン社分冊百科シリーズ)

サッカー日本代表 vol.3(1993ー1994―世界への挑戦 ドーハの悲劇 (ベースボール・マガジン社分冊百科シリーズ)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ベースボール・マガジン社
  • 発売日: 2010/09/28
  • メディア: ムック



 先日新聞で,サッカーワールドカップのアジア枠が

4.5枠 → 8枠

になる,というニュースを読みました。

 そのとき,私が思い出したのは,私が高3のとき「ドーハの悲劇」のことでした。

 アジア最終予選の最終戦イラク戦で,ロスタイムにまさかの同点ゴールを決められ,日本はワールドカップ初出場を逃しました。

 当時はW杯のアジア枠は2。
 日本は一度も本戦出場したことがなく,初のワールドカップ本戦出場が決まるという歴史的瞬間が近づき,実況のボルテージも上がっている中… 
 
 イラクのショートコーナーから,まさかの同点ゴール
 そして試合終了のホイッスル
 グラウンドに座り込んで動けないラモス瑠偉などの選手たち
 手を伸ばして選手たちを起こしていくオフト監督

 テレビの前の私も,しばらく固まって動けなかった。

 私のスポーツ観戦は,忍耐の時代で,

高2(1992) 阪神が亀山・新庄の活躍で優勝争いするも,ギリギリで優勝を逃す
        (ヤクルト優勝)

高3(1993) ドーハの悲劇

と,夢に手が届きそうで届かないもの,そんな光景を焼き付ける高校時代でした。
 高校時代ですから,スポーツ観戦からも「心の栄養」が欲しかったのですが,つらいドラマがたくさん,でした。
 なんか神様って「もうあと少し」を見せるだけ見せて,残酷やなあ,というシーンばかりをみた記憶があります。
 そういえば,リレハンメル五輪で,スキージャンプ日本代表の団体戦。「金メダル目前」でまさかの「原田失速」というのも高3でした。

 でも!

 当時,

 FA補強などは少なく,巨人に比べて見劣りする戦力でも優勝争いをした92年の阪神タイガース選手たちの勇姿



 アジア枠2という狭き門に挑み,死闘を繰り広げたサッカー日本代表

も,私の中ではまちがいなくヒーローでした。
 葛西,原田らの日本スキージャンプ陣も。

 さて,そのころのアジア枠2からすれば4倍の「8」。

「そんなん!じゃあ,『ドーハの悲劇』は何やったの?」

「日本は楽々出られるやん」

という街の声もあるようですが,いやいや,何枠であったとしても,ワールドカップ出場がかかる予選はどこの国も必死。
 そのときの戦力なりに,一番勝つ可能性が高い作戦を徹底してくる。
 決して甘いものではないでしょう!
 本戦出場の確率は高くなるだろうけれども,予選が「死闘」であることに変わりは無い。

 アジア枠増大は,ワールドカップ出場枠全体の増加(32→48)によるもの。

 ワールドカップ本戦も熱いものになること,また,サッカーが各地でさらに発展してよりエキサイティングな戦いがみられること,を楽しみにしているところです。

 神戸シーサイド法律事務所                             弁護士 村上英樹