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「おしゃぶり」訴訟和解について~PL法とものづくりと愛 [消費者事件]

 以前書いた、「おしゃぶり」事件
 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2006-06-01

について、去年、平成20年4月21日(大分前ですが)に和解が成立しています。
 
 今日は、この問題についてコメントすることで、製造物責任法(PL法)とものづくりと愛について述べたいと思います。

(スポニチニュースより引用)
「おしゃぶり」訴訟が和解

 おしゃぶりを長期間使い続け、かみ合わせが悪くなったなどとして、横浜市の7歳の女児と母親が製造物責任法などに基づき、販売元の大手ベビー用品会社コンビ(東京)に約900万円の損害賠償を求めた訴訟は21日、東京地裁(菅野雅之裁判長)で和解した。

 原告側代理人によると和解条項には「安全性の高い製品提供ができるよう、改良や適切な表示、情報提供の実現に向け真摯な努力の継続を確約する」ことなどが盛り込まれた。金銭の支払いも含まれたとみられる。

 訴状によると、おしゃぶりはドイツのメーカーが開発しコンビが輸入。女児は生後2カ月ごろから1歳まで1日約15時間使用。その後も3歳10カ月で歯科医に止められるまで就寝中に使い、かみ合わせの悪さやあごの変形、舌足らずの発音などの症状が残った。

 原告側は「訴訟も一つの契機となり、おしゃぶりの長期間使用が歯並びなどに悪影響を与えることが知られ、母子手帳にも記載された。コンビも注意喚起の表示をするようになり成果があった」としている。
                                                        (引用終り)

 
 私は、このニュース、非常に良かったなあと思っています。


 ところで、このニュース、特に、提訴した母親側に批判的なネット上の声はよく目にします。

1 「母親がもっと気をつけろよ」とか「自己責任だ」という意見。

2 こんなことで「和解金」が取れるなら「たかり」じゃないか、という意見。

などなど。
 この「批判的な声」についてコメントした後、「ものづくりと愛」に言及したいとおもいます。

 さて、まず、2についていえば、日本では、アメリカと違い、「懲罰的損害賠償」が認められていませんから、基本的に和解額としてもそれほど高額にはなりようがなく、「たかり」になるような計算は成り立たない、ということが指摘できます。
 アメリカでは、「懲罰的損害賠償」といって、場合によれば(これも日本人が勝手に思っているイメージよりは、非常に限定された場合だけだそうですが)、本人が実際に被った損害以上のお金を罰として加害者に支払わせることができる、という制度があります。
 対して、日本ではこれはありません。日本では、本人が実際に被った損害のうち、ハッキリ証明できたものだけ、がせいぜいです。
 ですので、本人たちの被害以上の損害賠償を得られるという計算はまず成り立ちません。

 
 1については、どういう関係での問題かを分けて考える必要があります。

 お母さん  対  女の子  の関係



 女の子側 対 メーカー の関係

とを分けて考えましょう。
 
 前者「お母さん 対 女の子」については、女の子には、製品を選ぶことも、使用方法を考えることも期待できませんから、「お母さん、もう少し気をつけてあげて欲しかった」となります。確かに。

 しかし、後者「女の子側 対 メーカー」となれば話は別です。
 おしゃぶりを製造し、販売し、利益を上げる以上は、ユーザーである乳幼児がいることが前提になっています。
 乳幼児はおしゃぶりを一旦使用しはじめると、当然、それが癖になりますし、親もそれに頼る、頼らざるを得なくなります。
 その時点で歯列に悪影響を与える危険性が存在するわけです。
 
 ここで考えてみましょう。
 
A おしゃぶりの長時間使用によって歯ならびが決定的に悪くなる、ということについて、「消費者一般」に対して、自分で予防するよう期待できるかどうか

です。難しい問題ですか?では、これと並べるとどうでしょう?

B おしゃぶりの長時間使用によって歯ならびが決定的に悪くなる、ということについて、メーカーには予防策を講じるよう期待できるかどうか
 
 どうです?
 Aは「消費者一般」、Bは「メーカー」です。
 「消費者一般」というのは、富める者も貧しい者も、健やかなる者も病める者も、暇な者も忙しい者も、知識教養のある者もない者も、すべてを含みます。
 一方で「メーカー」は、乳幼児用製品を製作したり、流通させる業者(製造業者とか輸入業者)に限られます。そして、その「メーカー」はユーザーが、富める者も貧しい者も、健やかなる者も病める者も、暇な者も忙しい者も、知識教養のある者もない者も、すべて含んだ「消費者一般」であることを想定しなければなりません。
 
 となれば、メーカー側に重い責任を負担してもらうのが、世の中の安全安心のため、というのがPL法(製造物責任法)のこころです。

 
 実際に、「おしゃぶり」に限らず、自分が、自分にとって初めての製品を使ってみるとき、いきなりちゃんと使いこなせるかどうかは誰しも自信を持てないでしょう。
 そういうときに少なくとも生命身体に危険を及ぼす要素があるときは、はっきり警告文などで表示して欲しい、と思うでしょう。
(ここは、「価値観」の問題です。例えば、おしゃぶりで「長時間使用は危険」という表示がないように、モノには危険性を示す警告文などなくて、使い方によって生命身体を損ねることも運命で、それはそのほうが面白い、安心安全よりもおもしろいほうがよい、という価値観ならば、違ってきます。が、そういう人は少数でしょう。)
 
 
 つまり、PL法は訴訟社会を作るためにある法律ではありません。
 そうではなく、ものづくりのプロセスで、メーカーが、ユーザーに対する想像力を働かせるように強く求める法律である、と言えます。
 そして、多分に、ユーザーの中でも、社会経済的にも弱者であればあるほど、忙しさに追われてしまい、また、教養や知識にめぐまれないために、「落とし穴」にはまってしまいやすい条件が揃っているのであって、そういう弱者であっても最低限生命身体の危険からはのがれられるようにしてあげる「警告文」「注意書き」というかたちの「愛」が求められている、というふうに私は理解しています。
 もちろん、「警告文」や「注意書き」ではなくて、製品自体を改良することによって、安全性を高めて、使う人への愛を実現することが何よりです。


 輸入業者のコンビは、そのことをよく理解されているのだとおもいます。
 だから和解に至ったのだとおもいます。
 今回の訴訟で、コンビは、「安全性の高い製品提供ができるよう、改良や適切な表示、情報提供の実現に向け真摯な努力の継続を確約する」ことで了解されました。
 コンビの、人々への、乳幼児やお母さんお父さんへの愛が示された、と理解できます。
 
 
 ですから、バッシングのようなものも覚悟して提訴されたお母さんは、世の中を良い方向に動かしたということが言えます。
 このことは間違いなく事実で、否定のしようがありません。


 相手の立場への想像力、異なる立場への想像力、これを働かせることが、愛のかたちだ、という風に改めて思います。
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ayu15

 むちゃ共感です。☆
PL法が主旨にそったいい方向でいかされるといいですね。

 契約書(約款)とか説明書よんでも素人には充分理解しにくいです。たとえちゃんと説明してもらえても。

 文のわからない点をきいても販売される人もわからなくて調べる事もすくなくないです。


 相手のことを思い、改善してよりよい製品を作り愛される商品そだてたいです。
 
by ayu15 (2009-03-19 09:28) 

hm

ayuさん

 ナイス・コメントありがとうございます。
 ayuさんの記事も、判りやすくて、全く同感です。

 「自分も弱い立場になることもある」ということを忘れずに人に優しい社会を作る気持ちを、多くの人と共有したいものだとおもいます。
by hm (2009-03-19 10:38) 

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