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司法試験受験の今昔 [司法試験]

 最近、私の事務所にも、ロースクールからエクスターンシップという実地研修で院生が来られていた。
 色々話しをさせてもらったが、現在のロースクール生のみなさんは本当に大変だなあ、というのが実感だ。

現行ロースクールと新司法試験、ロー生(ロースクール生のこと)の現状はあらかたこんな感じ。

1 ロースクールを2年または3年かけて卒業した人だけに受験資格がある。
2 3回以内に合格しなければ、受験資格を失う。
3 ロースクールでは、講義等が朝から夕方まで詰まっており、またレポートの提出等の課題も多い。
4 しかし、ロースクールをたくさんつくりすぎたために(つまり文科省がロースクールの認可をたくさん与えすぎたために)、新司法試験に合格するものはロー生の少数にならざるをえないため、ロー生は受験勉強をするのが生活のメイン。
5 ロー生は、いろんな面で(とくに時間的に)大きすぎる負担にあえいでいる。

 昔、私が司法試験に合格した頃(平成9年ころ)というのは、司法試験合格人数は700人と今よりずっと少なかったが、受験生活そのものは、今のロー生の生活よりも楽だっただろうとおもう。
 私は京大出身だが、京大ではほとんど授業の出席はとらないので、授業に出たことは、4年間でも数えるほどしかない。2回生のころなどは、本当に、健康診断と試験のとき以外は、大学に行くことすらめったにないくらいで、学友の間では「村上失踪説」「村上死亡説」「村上は大陸にわたってジンギスカンになった説」が流れるほどであった(最後のはウソです)。
 大半の時間を、塾講師のバイトと遊び、スーパーファミコンですごしていたが、2回生の終わりごろから、「大学に行かせてくれた親に申し訳ない。資格を取ろう!」と思い立って司法試験の勉強に励むようになった。
 司法試験の勉強も、大学の授業は全く出ず、ほとんどは先輩から譲り受けた司法試験予備校の授業テープを倍速で聴いて図書館で勉強した。
 4回生のときに合格するまで、塾のバイトもスーパーファミコンもずっと続けていたし、午前中は寝ている日が多かったから、勉強に費やす時間は一日平均するとそんなに長いわけではない。5~6時間がせいぜいであろう。もちろんその限られた時間は、神経を研ぎ澄まして勉強したのだが。
 けれども、合格できたのは、皮肉にも「授業に出ずに済んだから」というしかない。
 つまり、勉強に費やす時間をすべて「自学自習に当てることができた」のが、短期合格の最大の理由である。
 京大の「ゆるさ」「ぬるさ」のお陰である。大学の選択がよかった。きちっと「出席」を取る大学に行っていたら私が4回生のときに司法試験に合格することはおそらくなかったであろう。

 さて、そこからひるがえってみると、今のロー生の生活はきつい。
 まず大前提として、ロースクールは「授業にでなければならない」のである。ローの単位が認定され卒業できなければ、いくら優秀でも司法試験の受験資格は与えられない。
 「授業は最大の拷問」。今でも私はそう思っている。じっと机に向って人の話を聞いているなど、私にとっては拷問である。「睡魔さん」でもやってきてくれれば楽になれるが、「睡魔さん」にも見放されているような日はどうしていいかわからず、ただなかなか動かない時計をなんども見返すばかり。だから、私は絶対に学生生徒の時代に戻りたいと思わない。
 ということで、もっとも、普通の人は、私ほど授業が苦手なわけではないとは思うが、それでも、朝から夕方までずっと授業があって、「人の話を聞く」時間に一日の大半を取られてしまうのは事実。これはつらい。
 
 しかし、法律の勉強、というか、試験に向けた勉強というのは、授業をいくら聞いてもそれだけではだめで、自分でじっくりと本を読んだりノートにまとめたり問題を考えたりしてみなければ、合格する力につながらない。
 だから、授業を一日に5~6時間も受けてしまうと、さらに他の時間のなかから最低でも5時間くらいは「自習時間」を捻出しなければならず、一日の勉強時間が10時間を優に超えてしまうことになる。
 本当に、ロー生のみなさんは深夜まで、ロースクールの自習室で勉強しておられる。大変そうで、みなさんの健康を私はいつも心配している。遊ぶ時間もないだろう。

 もちろん合格人数は以前の倍以上に増え、試験そのものの合格難易度は下がっているのだろうが、強いられるロー生活の中身はきつい。
 それも合格しない人のほうが多いわけだし、新司法試験は3回不合格になるともう受験の機会すらなくなってしまうという、なんとも厳しい制度だ(私は、この「3回制限」に反対。夢をあきらめることを強要されるのはあまりに気の毒だ!)。
 
 ところで、ある程度大きな試験で高得点を取ろうと思えば、一日の勉強は腹八分目にしなければならない。腹八分目を毎日つづけなければならないのだが、10時間も勉強してしまうと普通はおなかいっぱい、明日はもう無理~となってしまうであろう。それではかえって合格は遠のく。
 私なら10時間勉強は無理。
 
 とはいえ、とはいえ。
 私も一日10時間以上勉強した時期がある。
 私は、今までの人生で、高校受験を控えた中3のときには一番勉強をした。たぶん、ご飯とお風呂と移動時間以外はほとんど勉強をしていたとおもう。
 でも、それができたのは、中3という若さと、若いゆえに視野が狭くそれだけに没頭できたのと、なんとしても神戸の私学に行って沿線に女子校がたくさんある阪急電車で通学をする高校生活を送りたいという「強力な不純な動機」に突き動かされていたからだ。
 中3の私と同じような「お猿さんパワー」を、もう立派な大人になられている(最低でも22歳以上)のロースクール生のみなさんは持ちたくとも持てないだろう。
 
 法律の勉強というのは、基本的には、自分で本を読んでするものだ、とおもう。
 人の話を聞いて理解するなんてのは、サブ的手段にすぎないのではないか。
 だから、もっと授業時間は少なくていい。

 昔なんかは、授業など一切聞いたこともないが自分で本を読んで勉強して司法試験に合格した、という人もいただろう。
 それだって実力が伴えば何の問題もない。立派な法曹になれるはずだ。
 
 各ロースクールは、今、新司法試験で合格者を出して生き残るに必死である。
 思い切って、授業時間を一こま90分から45分に減らし、その分を「自習」にしてみたら、合格率が上がるかも?と真剣に思う。
 あるいは出席の単位認定への反映を、私が通っていた(いや実際には通っていなかった)ころの京大法学部なみに緩くすると合格率は上がるであろう。

 というと、せっかく授業を一生懸命されている先生方に申し訳ないような気もする。
 でも、そういうものだとおもう。
 人間の学習とその効率を考えると、今まで、大学でも何でも「授業」時間が長すぎたのだろう。別に、先生が悪いわけではない。
 私のころの京大法学部の先生方は立派な法学者の方ばかりであった。それゆえ、授業をさぼる私のような学生が多数いたことなど気にもとめない(そもそも気づいていない?)だけの度量をもっておられた。立派な学者さんというのはそうあらねばならない、と思う。

 すなわち、ロースクール制度と新司法試験制度は、「まじめに授業に出る」「ローをきちっと卒業する」という形式面を重視しているわりに、実質的な中身を伴っていないので、ロー生をいたずらに苦しめているというのが真面目な「まとめ」である。
 
 ロースクールやるなら抜本的改革が必要。

1 各科目を、普通の大学の単位のように、週1コマずつ「憲法」「民法」・・・の同時並行、というのをやるのを少なくとも最初はやめるべし。同時並行すると、法律初学者は頭がごっちゃになる。
  1か月とか2か月は憲法ばかりやって、次は「民法」「刑法」・・・という枠組みに変えるのがよい。そのほうが、法律の体系の理解がしやすいだろう。

2 授業時間を思い切って減らす。
  授業を受けるのは、朝9時~12時までだけとする。
  そのなかで全科目をやる。一授業は長くても50分までとする。

3 毎日午後からは自習にする、または、日によっては答案練習をおこなう。

 こうすれば、長くとも朝から夕方までの勉強だけで、夜中までは勉強しなくとも、新司法試験に合格できるロースクールができるはず。
 
 なにせ、現在のロースクール生(新司法試験受験生と言い換えてもいい)が置かれている環境は、もはや非人間的といえるほどキツい。
 もし、キツさが効率や合理性を伴って、それゆえ、法曹としての資質の鍛錬にストレートに結びついておればいいのだが、そうではなくてロースクールの側(これはどこのローでも)の工夫不足や、制度的な欠陥や形式主義のために、不必要にキツくなっているのだ、ということが大問題である。

 こんなんだったら、私のときのように、つまり旧司法試験時代のように、「ただ一発勝負の試験があるだけ」のロマンある制度のほうがずっと良かった。と思わずにいられない。(だから、今私がハタチだったら私は司法試験の道に行かなかっただろう。そもそも、今のロー制度だと、大学4年を過ぎても学校に行かなければならない時点で私には無理。私は早く定職と給料が欲しかった。)

 ロースクール・新司法試験制度を機能させたい、合理的なものにしたい、と思うなら、いろんな過去の慣習等を思い切って捨てて私の上に書いた3カ条の改革をやって、「(院生にとって)効率のよい合理的なロースクール」にするしかない、とおもう。


 要するに、

「勉強は自分でするものだ」

ということで、今のロースクールの在り方はそれを分かっていない、ということだ、とおもう。

 さらに突き詰めれば、そこに通うロー生の立場(生活、学習、学習の中での充実)を、制度設計者は本当に想像して考えているか?配慮しているか?という問題でもあるとおもう。
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コメント 7

mai

「勉強は自分でするものだ」。大賛成です。実は私も大学の授業出席率はきわめて低かったです。クラスの女子では最低だったかな。さぼっていたというよりも、自分の読みたい本を読み、したい運動、興味のある活動をするためには、そういうライフスタイルが最適だったからです。でも理系だったので、書物でわからない実習は欠かさず出席しました。

そういうゆるさ、ぬるさが許されている方が、人生楽しいですし、自主性や広い視野も育つと思います。何でもガチガチに固めてしまうのは余裕のない人間を作るだけではないでしょうか。

自慢ではありませんが、そういう生活を送った私は某最終試験では学年で二位だったとあとで聞きました。
by mai (2008-03-11 15:43) 

hm

maiさん

 ナイスとコメントありがとうございます。
 maiさんを抑えて一番だった人がどんな人か、変なところに興味がわいてしまいました 笑

 maiさんはまじめであるのに、そういう風に、魂がはばたいておられるところが、素敵だとおもいます。
 私も同じといいたいところですが、私の学生時代はそんなにいいものではなく、本当に怠惰そのものという色彩が強かったです。が、司法試験の勉強に入ってからは豹変、でした。なんせ極端でした、私は。

 まあ、やっぱり、学びの本質は、自分の内なる力にあるんだとおもうのです。ここでも。
 そうでなければ、「野武士」たるべき弁護士としての十分な資質は育たないのではないか、とも考えたりします。

by hm (2008-03-11 21:45) 

ayu15

京大は東大より自由な雰囲気といわれますよね。でも制度かわってこれからどうなるんでしょうか?
教育再生会議ではやたら国際競争力言ってるようです。これが自由な雰囲気にどう影響していくんでしょう?
「勉強は自分でするものだ」ですか。そういわれてみれば、そうかもしれませんよね。
教育再生会議では 「自ら学び自ら判断する」「自ら考える」ということでした。
http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2008-02-17-2教育再生会議です。
by ayu15 (2008-03-12 20:59) 

mai

こんにちは。前のコメントを読み返して、何だか恥ずかしくなってしまったので、もう一度お便りします。何だかカッコよさそうなとこを書いてしまいましたが、実はかなりのグウタラでした(^^;)。「魂がはばたいている」というよりも魂が行方不明になっていると言った方がよかったかもしれません。

それにしてもロースクールの学生さん、そんなに余裕のない状態で大丈夫でしょうか。弁護士さんと言えば、自分の頭と心で考え感じること。そしてそれを説得力を持った言葉で語ることが大事な仕事のように思います。そういう「管理された」状態で良い人材がたくさんできるのでしょうか。素人ながら心配です。ぜひ弁護士さんの間でも議論を深めていただきたいです。

>maiさんを抑えて一番だった人がどんな人か、変なところに興味がわいてしまいました 笑
私も特に試験ができた感じはしなかったのでちょっとびっくりしました。事前にみんなが受ける模試(なんてものがあるのですよー)でもわりと成績が良かったので、意外に思っていましたが。あとになってから主任教授からちょこっと聞いただけなので、他の人の順位などは知らないのですよ。

スーファミ、私も大好きでした。RPGが好きでしたがRPGは、長いのが面白いところでもあり、難点でもありますね。ドラクエ、ファイナルファンタジー、ゼルダの伝説、ファイアエンブレム・・・の大ファンでした。一度始めると止まらなくて困ったものです。

by mai (2008-03-13 09:54) 

hm

>ayuさん

 コメントありがとうございます。
 「自ら学び自ら判断する」「自ら考える」この題目は正しいとおもいます。でも、教育再生会議の提案はかえって学校や生徒を窮屈にしたりするものが多くて、結局逆方向にいきそうな気がしました。
 
 それと、学問というのは成果を急ぎすぎるのはよくないんだろうなあ、と私は思います。国際競争力にしても、成果を急いで来年再来年のことを考えるのではなくて、もっと長い目で見ないと、思うようにいかないとおもいます。
 

>maiさん

>それにしてもロースクールの学生さん、そんなに余裕のない状態で大丈>夫でしょうか。弁護士さんと言えば、自分の頭と心で考え感じること。そし>てそれを説得力を持った言葉で語ることが大事な仕事のように思いま>
>す。そういう「管理された」状態で良い人材がたくさんできるのでしょう>>か。素人ながら心配です。ぜひ弁護士さんの間でも議論を深めていただ>きたいです。

 おっしゃるとおりです。
 おそらく当初のロースクール制度の理想的設計(?)は、医学部のような感じで、ロースクールに入るのは狭き門であり、入った後は医師国家試験のような合格率の試験があるが、受験勉強で頭いっぱいになるのではなくてカリキュラムそのものにしっかり力を注げるように、というものだったと思われます。
 ですが、ロースクールの作りすぎ(認可しすぎ)でおかしくなってしまったようです。
 本当に、「余裕がない」ことは確実に人の考える力を奪いますから、ゆゆしきことだとおもいます。

 自分だけでは制度を大きく変える力はないので、実際のロースクール生のみなさんには、「力を入れたり抜いたりして、不条理なものをもうまくやりこなせ」としか言いようがなく、指導者としての力不足をいつも感じています。
by hm (2008-03-13 11:09) 

t_aki

まさにおっしゃるとおりであると私も思います。

ついつい甘えや弱さから予備校にすがりたくなりますが、予備校を利用するにせよ、結局は

「勉強は自分でするものだ」

に変わりはないですよね。その姿勢でいかないと、逆に予備校に利用される結果になると思います。さんざん予備校にお布施をしてきた実感です。
by t_aki (2012-03-06 19:28) 

hm

t_akiさん

 ありがとうございます。

 勉強のスタンスの定め方も含めて、試行錯誤ですよね。

 勉強、頑張って下さいね!
by hm (2012-03-07 11:34) 

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