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津久井進先生著「災害復興とそのミッション」 [くらしと安全(交通事故その他)]

 改造前の安倍内閣は,「お友達内閣だ」と非難されていました。私,この非難についてはすごく疑問をもっていました。それは…
「ほんとうにお友達なのか!?」「実は友達ちゃうんちゃうん?」 という疑問です。何となくですが。
 それに引き換え,きっと,私と津久井先生(津久井進の弁護士ノート http://tukui.blog55.fc2.com/)は正真正銘お友達だと信じています。って,津久井先生は私の尊敬する偉大な先輩。「お友達だ」なんて本当は大変失礼なのですが,それでも,きっと津久井先生は,暖かく「村上君,アミーゴ!アミーゴ!」と言って下さるだろうと思います。
 さて,そんな津久井先生が本を出されたので早速買って読みました。
 元鳥取県知事の片山さんとの共著です。
 内容は,災害に遭った人が,元通り,1人の人間としての尊厳を取り戻せるようにするためにはどうすればよいか? ということ,その際に,憲法をいかに活用するか ということが分かりやすく書かれています。
災害復興とそのミッション―復興と憲法

災害復興とそのミッション―復興と憲法

  • 作者: 片山 善博, 津久井 進
  • 出版社/メーカー: クリエイツかもがわ
  • 発売日: 2007/08/23
  • メディア: 単行本
 
 
                                             
 
 津久井先生の解説はとても分かりやすかった。
 
 津久井先生は,ブログでも憲法のことを(主に護憲の立場で)書いておられますが,日本国憲法の条文をそのまま変えずに残しさえすればよいという「現状維持的・保守的・護憲派」では決して無く,日本国憲法の精神を現実に実現していくことこそ必要だ という視点で,どんどん新しい提言をしていく,そういう方なのだなあ,というのが改めてよく分かりました。
 そして,「地震などの災害復興に憲法の精神を活かしていく」という津久井先生の発想は,鋭く意見が対立する9条護憲・改憲のどちらの立場の人でも区別無く,多くの人がなるほどと受け入れられる話だなあと感じました。(当たり前ですが,地震で壊れた家の下敷きになっている人を救助する必要があることや,その人がまた輝きを取り戻したらいいだろうと思うことに,改憲派も護憲派もヘチマも区別はないでしょう。)
 
 特に,私も,読んでいるはずで読んでいなかった条文として
 
憲法16条 【請願権】
 何人も,損害の救済,公務員の罷免,法律,命令又は規則の制定,廃止又は改正その他の事項に関し,平穏に請願する権利を有し,何人も,かかる請願をしたためにいかなる差別も受けない。
 
これがあげられます。
 
 請願について日本国憲法が想定したトップの項目は,「損害の救済」なのです。
 
 例えば,
「家が地震で壊れてしまっているから何とかしてもらえないか。」
ということが,国民が,国に助けを求める第1の項目に想定されていたというのです。
 
 津久井先生の憲法の解説はまだまだ続き,災害復興現場において,憲法25条の「生存権」の保障が確実に実現しなければならないこと,そうして,憲法13条「個人の尊厳」を被災者が取り戻せるようにしなければならないこと…などなどが,解説されています。
 
 私が京大にいたとき勉強したような「憲法」の解釈論の教科書とは記述の力点が違うだけに,このような国民の生活現場での憲法の具体化にスポットをもっとあてていけば,「憲法」学も机上の理論ではなくて,より活き活きしたもの,国民の現実の生活と密着したものに,より発展していける可能性を大いに感じさせてくれる本でした。
 
 また,片山前鳥取県知事の,
 
「災害復興のミッションは何か」をハッキリさせる
 
つまり,
 
災害復興は,誰のために,何のために やるのか   をハッキリさせ,
それに繋がることを最優先する
 
という明快な考え方,とても賛同できるものでした。そういう風に目的をハッキリさせそれにあう手段を知恵を絞って高じることこそ,確かに,災害復興の現場において,憲法の目指す「個人の尊厳」の回復が実現する一番良い方法だと思うからです。
 
 いつまた,阪神大震災のような,大災害に自分も遭うか分からない,そんな想像力を持って,
 
あなたは,私は,サバイバルできるか?そして,人として尊厳を取り戻せるか?
 
という視点で,この本を多くのかたが読んで下されば,と思います。
 
 

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コメント 5

私も津久井さんのブログはブックマークしてます。しかしお二人がお友達だったとは知りませんでした。
お二人の言説は、法学部志望の学生にも紹介したいと思ってます。
by (2007-08-31 21:28) 

つくい

「村上さ~ん,アミーゴ!アミーゴ!」

もちろん友達といいますか、このブログの世界では、村上さんは、私を引き込んだ師匠ですから(http://tukui.blog55.fc2.com/blog-entry-34.html)、今後もどうぞよろしくって感じです。

書評をありがとうございました。伝えたいことは、まさに的確にまとめて下さったとおりです。
多くの人の目に触れて、何かのきっかけになれば幸いです。

shira さん、どうもありがとうございます。また、私のところでもお気づきの点がありましたらコメント下さい。
by つくい (2007-09-01 13:52) 

心如

 日本は主権在民で、国民が幸せに暮らすために憲法は存在する
 そう考えれば、護憲とか改憲とか変な主義主張で争うのは馬鹿げているのは自明と思います
 いまの政治家は、国民の幸福よりも、自分たちの権益にしか興味がないのが、一番の問題ではないかと思いますが…
by 心如 (2007-09-03 00:24) 

wakuwaku_44

こんにちは。津久井さんのブログで暴れまわってしまい、評判を落としたwakuwaku_44と申します。(津久井さん、本当に申し訳ないです。)熱くなりやすいのが欠点ですが、それをできる限り抑えていきたいと思いつつ、村上さんに、長文で申し訳ありませんが、私の意見を述べておきたいと思います。

今の憲法の『欠陥』は、私は『与えられた憲法』という点だと思います。
「押しつけ憲法」という言葉は、ある意味正しくて、憲法制定の審議過程においても、常に「GHQが了承しない」とか、そういう言葉が目に付くほど、「自主憲法」とは程遠い。
「人権」も「主権在民」も、為政者にしてみれば「ポツダム宣言の条項だから仕方がない」意識ですし、国民にとっても、自分たちが何も考えない間に権利や自由が「与えられた」のですから、果たして『自分のものとして』という意識があるのかどうかが、私に言わせれば疑わしい、ということになります。

理念や理想がなければ、憲法の「権威」はガタ落ちです。現状追随でコロコロ変わってしまっては、国も国民は現状に流されるだけです。
現実に即していなければ、憲法を「守れない」し「守る気になれない」です。いくら条文で崇高なことが書かれていても、自分の生命生活と憲法とどちらを守るのか、となれば、自分の生命生活を守る選択をとるでしょう。

つまり、憲法とは「現実を踏まえた上で、理想にどうやって近づくのか」ということを定めておかねば、最高法規として機能しないんだと思います。
無論、「理想に近づけていく」ことを続けるのですから、「現実」も、現在と50年後は異なるでしょう。「50年前の現実に即した憲法」というのも、これも前述のように「守れない」「意味がない」ということになってしまう。
ということは、『常に憲法論議は続けなければならない』ということになります。いわゆるPDSサイクル・PDCAサイクルということを憲法でも行うということになります。

また、よく憲法学である『憲法とは、国民が国家を制御するもの』というのがありますが、私はこれも変更したい。
『憲法とは、国民相互の約束事で、国家権力は、国民の幸福を実現し保証するためにつくられたものだ』というように再定義したいのです。
前者は「○○をしてはならない」ですが後者は「○○をしよう」ということであり、国民が自主的に国家権力へ「○○して欲しい」とコミットしていくことを期待したいということです。
リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政府」と唱えました。
今の日本国民は「権力者の、権力者による、人民のための政府」を期待しているむきがあり、それが「権力者の、権力者による、権力者のための政府」となっているんじゃないかと危惧しているわけです。

本当に長文となり、大変申し訳ございません。
by wakuwaku_44 (2007-09-04 20:39) 

hm

shiraさん
 
 ありがとうございます。震災復興と憲法の実現、このテーマについての津久井さんの意見はすごいです。
 これからもよろしくお願いします。


つくいさん

 他の問題でもすごいと思うけど、災害復興についての津久井先生の情熱は特にすごいと思います。
 本当に自分が当事者になるかもしれないという想像力が大事ですね。


小父蔵さん

 憲法を論議することは必要だとおもいますけど、机上の議論にとどまるのではなくて、おっしゃるとおり、具体的な国民の幸せを考える、これが第一ですよね。


wakuwakuさん

 憲法についてよく考えておられてすごいなあ、といつも思っています。憲法を論議するのもとてもいいことだ、と思っています。
 私も、日本国憲法については好きなところとあんまり好きではないところと両方があります。
 が、全体としては、やっぱりなかなか良く出来ている憲法かな、という感じです。合衆国憲法っぽい雰囲気のところは、私の感性に合うんでしょうねぇ。古きよきアメリカ、メインストリートUSAな雰囲気は好きです。
 ともあれ、憲法の中で私の好きなところを上手く活かしていければいいな、くらいの気持ちです。
 そうそう、wakuwakuさんの、国民が自主的にコミットする…そういう発想とっても大事だと思いますよ。
 それで、私にとっても、日本国憲法の好きではない点もあるので、一般論として言えば、「自主憲法」というのを作るのも、それがよりよいものになるのなら全然反対じゃありません。 
 
 まあしかし、個別の政策問題について、護憲だからこう、改憲だからこう、というのはあんまり…、というのが私の感覚です。自民党だからこう、共産党だからこう…みたいなのもちょっと…ですね。
 自民党でも共産党でもええもんはええ、みたいなそういう風にありたいと思っています。

 なので、あんまり構えずにお付き合いいただければと思います。考えの違う点は、「違いますなあ」くらいでいきましょう。

 しかし、津久井先生のところとは大分ちがって、私のブログのコメント欄は、フレンチレストランのような雰囲気で進行しております…飲食店にしても騒がしいお店がどうも苦手な私は、今のこの雰囲気が大変気に入っています… 笑
by hm (2007-09-04 21:58) 

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